コラム

概算要求の混乱にみる「国家戦略」なき鳩山政権

2009年10月16日(金)12時05分

 霞ヶ関の年中行事の中で、もっとも重要なものの一つに「概算要求」がある。これは各省庁が次年度に要求したい予算を財務省に提出するもので、毎年8月31日が〆切で、その日に要求額や内訳が発表される。ところが今年は、8月の総選挙で民主党が政権をとったため、31日に出された概算要求は凍結され、10月15日に再度提出されることになった。民主党が「無駄だらけの予算をゼロベースで見直す」と主張したためだ。

 その再提出の期限が15日に来たが、締め切っても総額がわからない。「90兆円台前半」という推定を出しているメディアもあるが、「前半」というのは90兆円から95兆円までというアバウトな話だ。しかも当初、国土交通省は今年度の当初予算に比べて「1630億円削減した」と発表していたが、夜になって前原国交相が記者会見を開いて「削減額を7600億円に増やした」と発表するなど混乱が続き、結局、発表は翌日に延期された。

 この原因は、各省の概算要求の総額が「90兆円台前半」のかなり上のほうだったからだろう。今年度の当初予算は88兆5000億円。これより大幅に増えるようでは、「無駄を減らす」という民主党のマニフェストの信頼性がゆらぐ。とはいえ、子ども手当や農業所得補償などのバラマキの増額だけで7.1兆円。わずか1ヶ月半の再査定でそれ以外の予算を7兆円以上も減らすのは不可能だ。

 鳩山政権は、当初は「予算を政治主導で見直す」と意気込んで国家戦略室を発足させたが、いまだに開店休業状態で、概算要求は各省の官僚に丸投げ。無駄を削減するはずの行政刷新会議も、1回も開かれていない。従来のシーリング(各省ごとの要求枠)を撤廃して「ゼロベースで見直す」という方針を決めたことが裏目に出て、バラマキ予算の集中する厚生労働省は3.7兆円も増え、それ以外にも金額の不明な「事項要求」があるという。

 他方で税収は6兆円以上減り、40兆円を割る見通しだ。90兆円を超える予算をまかなうには、50兆円以上の史上最大規模の国債発行が避けられない。政府債務は900兆円を超え、GDP(国内総生産)の2倍に迫る危険水位だ。鳩山首相は「国債の増発を防ぐためにはマニフェストの実現もあきらめる可能性がある」と弱気の発言をし、国家戦略がゆらいでいる。個別の減額交渉という戦術だけで、官僚機構をコントロールすることはできない。

 かつて日本軍は、どうすればアメリカと戦争して勝てるのかという戦略がないまま、対米戦争に突入した。日本軍の兵士の戦闘能力は優秀で、戦術的には勝利もあったが、補給力で大きく劣るため、最後は戦死者の半分が餓死という惨敗に終わった。日本軍の戦略の欠如を指摘した名著『失敗の本質』は、その教訓を次のように要約している。

「戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない」

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マスク氏が訪中、テスラ自動運転機能導入へ当局者と協

ワールド

ハマス代表団、停戦協議でカイロへ 米・イスラエル首

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story