コラム

景気の下げ止まりは「偽りの夜明け」

2009年06月11日(木)18時46分

 11日の日経平均株価が一時、8ヶ月ぶりに1万円台を回復した。市場では「相場は底を打った」という楽観論が広がっているが、本当だろうか。強気の見方の根拠となっているのが、アメリカ経済の回復だ。5月に発表された主要金融機関の「ストレス・テスト」(特別検査)の結果が意外に悪くなく、一部の銀行は公的資金を返済する方針を発表した。しかし今回の検査の対象になったのは主として保有有価証券の評価額であり、商業銀行の貸出先の経営状態などは検査対象になっていない。

 これは日本の90年代初期に似ている。当初も大蔵省は、銀行の保有している株式や担保不動産の値下がりが業務純益(本業のもうけ)に比べればごく軽微だと説明した。不良債権の問題が表面化したのは、1992年に日本住宅金融の1兆円を超える不良債権が出てからだった。この後も株価は何度か上昇したが、長続きしなかった。このような一時的な景気回復を白川方明日銀総裁は偽りの夜明け(false dawn)と評して、世界経済の先行きに慎重な見方を示している。

 日本経済の基礎的な体力からみても、内閣府は日本経済の長期的な潜在成長率を1%程度とみている。今回の補正予算にはこうした成長力を高める効果はなく、むしろ競争力のない企業の救済や雇用規制の強化などによって潜在成長率は低下するおそれが強い。他方、中国の景気は急速に回復しているので、日本の製造業は高コスト構造が是正できなければ、世界市場で中国に駆逐される懸念がある。

 今回の経済危機の根本原因は、新興国からアメリカに流入した巨額の過剰流動性によって起きたマクロ的不均衡が是正される過程だ。世界的な長期金利の上昇も、巨額の財政赤字を抱えたアメリカから資金が引き揚げられていることが原因と考えられる。これまでのような急激な経済収縮は終わったとしても、かつてのようなバブル的成長に戻ることは考えられない。今回の危機は、主要先進国が長期停滞期に入り、世界経済の主役が新興国に交代する「新時代への夜明け」だった──と歴史には記録されるかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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