ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々
ご無沙汰でしたのヤンゴン生活報告
皆さんこんにちは、ミャンマー在住エンターテイナー新町です。
前回投稿したのが5月の28日なので半月以上も投稿が出来ていませんでした。
数えるとその日まで何と39日連続で投稿していました。
無理をしていたつもりはないのですが、身体は正直なもので体調を崩してしまっていました。
前回の記事で書いたのですが、私はこのワールドボイス以外にもとある場所で毎日2000文字程の投稿を続けています。
2月1日のクーデター以降このワールドボイスの投稿が途切れる日と同じところまではずっと毎日投稿していたのですが、それもそこで途切れてしまったところです。
ワールドボイスを初めてからは毎日4000文字以上書いていたことになります。
自分ではそれほどのこととは思っていなかったので、多少体調が悪くなっても続けていたのですが、それもあってすっかり身体が弱ってしまっていたようです。
今回はそんな私が身体にウィルスの侵入を許してしまった今のヤンゴンでどういった処置を取っているかという話を出来たらと思っています。
念のためお断りしておきますが、基本私のようになったら信頼のできる病院に行くべきだとは思います。
様々な思惑があったのと私はミャンマーで特殊な訓練を受けているということで(笑)
あくまで私個人がしてきた対処というところなのでご了承ください。
真似するのを推奨する訳ではありません。
勿論、ミャンマーにいる日本人みんながみんなこういう事をしている訳ではないので、勘違いのないようお願いします。
私の経験から今現在のヤンゴンでの様子なども少し伝われば幸いです。
さて、長らく体調を崩してしまったせいで(軽い過労だと思います)抵抗力が落ちていたせいかと思いますが、ウィルスが身体に侵入してしまいました。
とこう聞くと大げさに思ってしまうかもしれませんが、シンプルに言うとバイ菌が入って化膿してしまった訳であります。
「何だそんなことか」
と思われるかもしれませんが、これがなかなか面倒くさいレベルでした。
しかも目、耳、鼻という三ヶ所同時攻撃を受けてしまったのです。
それぞれが重篤なという程ではないのでそれぞれに処置するしかない訳ですが、まとめてくると中々大変です。
先ず鼻ですが、これは中と外に膿が溜まってしまっているようで結構腫れています。
押すと鈍痛がする感じです。
うっすら膿の色が外からも見えるような症状ですね。
(お見苦しいので写真掲載は自粛します)
次に耳、これは完全に耳かきのし過ぎだと思うんですが、小さな傷からバイ菌が入って化膿してしまって膿が出てきています。
最後に目ですが、下まぶたが化膿して腫れてきて若干視界が狭くなるほどです。
昨日くらいから化膿した先から膿が出てくる程になりました。
これが日本であれば私もすぐにネットで調べて病院へ行くのですが、現状のミャンマーではそれが最適解とは限りません、政情が不安であること、更にはこちらでもコロナクラスターが発生しだしたという情報もあり、サクッと病院というのは逆にリスキーという風に判断しました。
勿論どこまで行っても自力で治すというような考えがあるわけではありません。
安静にしていながら、慎重に自分の身体の様子を観察し、これならばなんとか対処した方がよさそうだと考えました。
とはいえ自分一人の知識だけでどうにかなる訳ではないので、こういう時は頼りになる方にすぐ相談です。
私には医者と、薬剤師の従弟がいたりするのですが、日本での医療のみに従事しているのでこちらの情勢までは詳しくありません。
そんな中ミャンマーにいるお医者さんとしてはとても頼もしい名知先生に相談しました。
名知先生はミャンマーの地方ミャウンミャというスーチーさんのお母さんの故郷という特殊な環境で医療支援&農業支援をされているNGOの代表のドクターです。
現状とても忙しくされているところではありますが、快く相談に乗ってくれました。
先生の指導の下、目鼻口の洗浄の方法などを教えていただき、抗生剤のタブレット、そして抗生物質入りの目薬を教えていただきました。
こちらではお医者さんの処方箋がなくても薬局で買える薬が結構あります。
近くのショッピングモールに向かいその中にある薬局で抗生剤のタブレットを購入、残念ながら目薬はここでは手に入りませんでした。
どうしても輸入品なので現在は手に入りにくいのかもしれません。
これは近々会う予定の弊社スタッフに改めてお願いする事にしました。
抗生剤は1週間以上飲み続けないと意味がないという事なのでしっかり8日分程買って飲み続けようと思います。
改めて思いました。
ヤンゴンであれば、特に何事もなく生活する上では日本と遜色ない生活が出来るんではないかと。
勿論何もかもが日本と同じという訳でもありませんが、昔に比べて不自由は減っているのかなと感じています。
あくまで私が暮らし始めた7年前に比べればという話です。
しかし、2月1日のクーデター以降、その水準は一気に数年前に戻ってしまった感があります。
2月、3月、4月は来た当初かそれ以下に不便になったのでは?という風に感じました。
そもそも自分の身の安全もあやふやになったところというのもありますが。
5月を超え6月に入って、随分と色んな事が戻ってきたのでは?というような話も日本から聞こえてきます。
日本でのニュースの量が減ったことや、その少ないニュースの中では平穏な街の様子なども伝えられることが出てきました。
確かにそのことは一つの事実です。
そのことを否定する訳ではありませんが、それだけではどうにもこのミャンマーに漂う不穏な雰囲気が伝わっていないように感じます。
現地からは一人また一人とミャンマーから離れる邦人がいます。
その中には昨日今日ミャンマーに来た人はいません。
ほとんどの人が数年以上のミャンマー生活経験者です。
万感の想いの中帰国していく仲間がいる中、平穏が戻って来たミャンマーへ戻って来る、こさせようとする日本人がいることにも違和感があります。
果たしてどれだけの人がこの違和感を感じてくれているのか。
ミャンマーは現在も異常事態が続いています。
どれだけ平穏が戻ってきたように思えてもそれは間違いありません。
どうか、その上での行動を皆さんにお願いしたいと願っています。
私ができることは本当にささいなことではありますが、何とか顔の半分をバイキンマンに侵されながらもできることをしていきたいと思います。
引き続きよろしくお願いします。
名知先生が代表を務めるNGO、「MFCG」(ミャンマーファミリークリニックガーデン)はこのような過酷なミャンマー情勢の中でも活動を続けています。
是非一度その活動をみていただき支援いただければ幸いです。
代表の顔が見える現地に根付いた素敵な団体です。
名知先生自体がとても興味深い人生を歩まれているのでそのこともどこかで取り上げたいと思います。
著者プロフィール
- 新町智哉
映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。
Twitter:@tomoyangon
Instagram:tomoyangon
note:https://note.com/tomoyaan