農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
他の生物に操られる人間
「自分」とは何か。
心理学的に、社会学的に、物理学的に、宗教学的に、○○学的に話すことは可能だが、今回は生態学的に考えてみた。
誰の行動だろうか
ある菌類はアリに寄生して脳の制御を奪い、普段は高所を避けるアリを植物の上へ上へと登らせる。アリは高所で茎にかみついて死んでしまう。その菌類はキノコ(=子実体)を作り、高所から胞子をばらまき次のアリに寄生して、繁殖を続ける。
また別の菌類は、ショウリョウバッタに寄生する。これもまた高いところに登って行ってミイラ化してしまう。そこから糸状菌が胞子を飛ばして繁殖を続ける。
(ちなみに上の動画は、この原稿を書いている際に見つけたもので、ほぼ同じようなことを言っていたのでびっくりした。話が分かりやすく面白かったので紹介する)
高いところへ登るという行動は、アリやバッタが自らするものではない。しかし菌類に寄生されていたからそのような行動を起こした。ということは、行動を起こしたのはアリやバッタだけれども、行動を起こさせたのは菌類だったということか。菌類の意志がアリやバッタの行動に反映された、ということか。
人間にも、同じようなことはある。
長い一日の終わりに、同僚と居酒屋に行ってお酒を飲む。酔っぱらう。少し羽目を外したことをしてしまう。もしくは、ドラッグに手を出し、幻覚や幻聴作用に襲われる。
前者の場合、イースト菌が私たちの行動をコントロールしているのか。もちろんアルコール成分が脳に影響を与えるというのは科学的に説明できるが、ではなぜ、酔っ払いなどという作用が起こるのか。もしくは、後者の場合には、大麻などといった植物が幻覚・幻聴を私たちに見させ聞かせているのか。
イースト菌や大麻が、自分たちの繁殖のために、人間たちの行動を都合の良いように操っているのか。他の生物の意思の表れとして、私たちは特定の行動を起こしているのか。
動物や植物、菌類の「声」を見聞きするために、幻覚・幻聴作用のある成分を摂取するという伝統もある。例えば南米の先住民族は、植物から醸造した幻覚作用を持つ物質を、神聖な宗教儀式の際に使う*1。それらの生物が私たちに何かを伝えたかったから、幻聴・幻覚を起こさせているのか。
最近の話題にも目を向けよう。私たちの腸内には、何十、何百兆もの細菌が棲んでいるという。彼らは、私たちの気分や食欲などに影響を及ぼす。糖分をやたらと欲しがるものもいる。それはやっぱり、私たちが(例えば)糖分をとることがその生物にとって役立つから、私たちの食欲をコントロールして糖分を食べさせようとしているのだろうか。腸内細菌がいなくなれば、免疫や感情に支障をきたすことが分かっている。
完全には、私たち自身の行動・意思ではない...のかもしれない。
ただ、ここまで挙げてきた例すべてに当てはまることだが、影響を及ぼす側にとっても不思議な状況だ。なぜなら、アリやバッタ、人間という生物が居なければ、自分たちの意思を行動に移すことができないからだ。アリがいて初めてキノコは寄生し、高いところに登り、胞子をばらまき繁栄することができる。
そうすると、外の世界、内の世界の境界はどこにあるのだろうか。
植物界でも同じようなことがある。植物の根っこの中や周辺にも沢山の「根圏菌」と呼ばれる菌が棲んでいて、植物とは栄養分と糖分の交換をするなどの関係を持っている。根圏菌は、植物が陸地に上がってきて以来ずっと一緒の仲で、根圏菌無しには植物は陸地に上がってすら来れなかったとも言われる。そんな根圏菌から植物を隔離して、植物は「植物」であり続けられるのか...この話はまた後で続けるとしよう。
今回のインスピレーション源
Merlin Sheldrake, 2020. Entangled Life
*1: National Geographic, 2019. & るいネット, 2019.
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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