農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
環境がさらされる危険と、環境政策がはらむ危険性
2030年までに30%
2035年までに74%
2050年までに純排出ゼロ
EU・欧州連合は、自然環境や気候に関する目標を次々と立てている。
EU加盟国のオランダも、それに続いて国内の戦略を立て法律を制定している。
うち一つが、上に列挙した数字の真ん中・2035年までに、窒素負荷の影響を受けやすい自然保護区域で、窒素負荷の閾値を超えない面積割合を74%にまで増やす、という目標。これは2021年7月に施行された窒素法によって義務付けられた(以前の記事も参照)。
窒素法に関してオランダの環境評価庁(PBL)は、このような目標の立て方には次の3つのリスクがあると指摘する。高すぎる目標と計画性のない政策、普遍的すぎる目標やアプローチの危険性が懸念されるのだ。
Vandaag publiceren we een nieuwe beleidsstudie, 'Naar een uitweg uit de stikstofcrisis'. Bij keuzes voor de lange termijn moet van begin af aan duidelijkheid komen over toekomst voor boerenondernemingen in stikstofgevoelige regio's.
-- PBL (@Leefomgeving) July 5, 2021
https://t.co/BDJSRcoNY8 pic.twitter.com/RdGcvkSgFa
(和訳)本日、新しい政策研究「窒素危機からの脱却に向けて」が発表された。 窒素負荷に敏感な地域の農業従事者の将来に関して、長期的な選択を初めから明確にする必要がある。
これらのリスクを考えること、それは「オランダ」の「窒素」問題に限らず、目標数値設定をする様々な場面に当てはまると思った。
リスク1:高い目標、計画性のない政策
「窒素負荷が悪影響を及ぼす自然保護区のうち、窒素負荷の閾値を超えない面積割合を、2035年までに74%以上にする」という目標は、現状の数値が10%弱だということを考慮すると、とても志高いものだ。
それなのに、どうにかなる精神で緩い計画しか立てないと、期限が迫って初めて焦りを感じ、非現実的でぎゅうぎゅう詰めの短期計画を立てることとなる。
連想するのは小中学校の夏休みの宿題。お盆までに全部終わらせるー!と張り切るものの、どのくらいのペースで進めればいいのかは考えず。遊んでばかりで気づいたら8月15日。やりたかった自由研究は一か月かかるため出来ない。かつ自由研究の締め切りは夏休み中の登校日。毎日ドリル3日分に加え、ポスター作製・読書感想文・自由課題・日記とやることは山ほどある...
窒素法に関する話に戻ると、例えば短期的な指針がないため、(窒素負荷に加担する)設備投資をしてしまい、後になって窒素法の目標にそぐわないことが判明する。その場合、目標数値を達成するために、設備の減価償却の耐用年数を減らしたり、設備そのものを売却したりする必要がでてくるかもしれない。
また、窒素排出量の少ない農業経営体(つまり従来の方法の代替)を設立したいという場合でも却下されかねない。緩い短期的計画のせいで期間後半にしわ寄せがいき、代替方法による窒素排出量の余裕さえもなくなってしまうからだ。
リスク2:大雑把な目標、効率が悪く効果も薄い取り組み
窒素負荷が環境にどれだけのダメージを与えるかは、生態系や土質等によって異なる。
つまり、窒素負荷を減らすことの影響も場所によって異なるのだ。
ただ単に「窒素負荷を減らしましょう」というのは、一面的な考え方である。
その場合、窒素負荷が比較的簡単に減らせるところに(金銭的・知的等の)資源が集中するだろう。しかし、それらの場所が窒素負荷と自然環境の状態の関係が強いとは限らない。
資源を投資したのにも関わらず効果が薄く、つまり費用対効果が低くただただ高額な処置となってしまうのだ。
リスク3:大雑把なアプローチ、
成果の指標として負荷閾値(KDW:Kritische depositiewwaarde)に着目しすぎると、窒素負荷に加担する活動の許可の合法性が不明確になる。
ほぼ窒素を排出しない活動にも許可が必要となるかもしれない。自然保護区周辺で犬を散歩することさえも。
また例えば建築業において、建築する過程で出る窒素は許可申請の対象外だが、利用時に出る窒素は考慮しなければいけない。この部分的免除は、停止・中止となる建築プロジェクトの数を減らすためにある。しかし、まず初めに、建築時の窒素排出だけを免除したところで建築業へのプラスの効果は十分あるのか。そして、窒素負荷に関して建築と利用を分けて考えるのは法律的に許されるのか。
これら3つのリスクを考慮して、PBLはいくつかの点を考慮するよう提案している。
窒素負荷と自然環境の状態との因果関係を科学的に解明して施策に反映させること。場所特有の目標や計画・規制を作ること。などなど。
政府は具体的な施策
オランダ政府は次のような取り組みを推奨・規制を定め、予算を割り与えている。
農業分野での取り組みの例は、家畜の飼料に含まれる窒素分の削減、環境への影響を抑えるように家畜小屋を改修工事すること、自然保護区付近の牧場を地方自治体が買収すること。
交通に関して高速道路では、日中及び夜間の速度制限が設けられている。速度が速すぎると燃料の利用効率が悪くなり、より多くの排気ガス(窒素化合物を含む)が排出されるかららしい。
建築業、工業、エネルギー産業にもそれぞれ予算と方針・事業があり、各々の努力と連携が求められる。
目標は量的だけでは不十分、質的なものも必要
窒素法で定められた目標がはらむリスクは、このケースに限られたものではないと報告書を読む中で思った。
日本でも例えば、厚生労働省が定める障がい者の法定雇用率や、農林水産省が掲げる有機農業取り組み面積の割合など、産業・社会全体の包括的な目標が沢山存在する。
これらと上に挙げた3つのリスクは無関係ではないだろう。目標数値だけがあり、それを達成すれば全てよし、というのでは、そもそも目標を設定した理由が無視されている。本当に目指したい社会に変化していくことは難しい。環境問題、社会問題といった、関係者皆が責任をもってそれぞれの責任を果たさなければいけない課題に関してはなおさらだ。
ただし細かく厳しすぎる目標・決まり設定も、創造的な解決策を排除してしまうという短所がある。決まった方法や理論を押し付け、人々の独自性を奪ってしまう。厳しすぎる決まりのせいで皆が同じ行動をとったら、それが最適解でなかったときや間違いだったときに危険かもしれない。むしろ全員が同じ方向に進まない、同じ手段を選ばないことでリスク分散になる。
従って、ある目標数値をもって、どんな社会を目指すのかというビジョンは必要だろう。わかりやすいビジョンがあると同時に、多様性を認めることも大切だろう。
これらが、政府が一見正反対のことに補助金を与える一因なのだろうか。そんな中でも、政府はどこへの支援を強化すべきか。費用対効果・インパクトの大きさを考えるのに加え、誰が得をするのか・既に利権を持つ層へのさらなる富の集約を促すものでないかという視点も必要だと思う。それこそが創造性や多様性を受容し、時と場所に合った解を見つけることに繋がると思うから。
参考資料
Aanpakstikstof.nl
European Parliament, 2021. EU Climate Law: MEPs confirm deal on climate neutrality by 2050
PBL, 2021. Naar een uitweg uit de stikstofcrisis. Overwegingen bij een integrale, effectieve en juridisch houdbare aanpak.
TU Delft, 2019. Motorway speed limits of 100km/h largely advantageous
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
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