魅惑の摩天楼、香港フォト通信
香港に住んで知った国籍は保険という日本人にはない概念......移住が後をたたない香港
■国籍って保険なのね
香港に住んでから知ったことがある。それは国籍は身も守る保険という考え方。
日本人が持つのは日本国パスポート、当然香港人は全員、香港特区パスポートを保持していると思っていた。
かなり前だが娘の通っていたインター校でボランティアのお手伝いをした事がある。
学校側と親がやり取りする連絡帳というのが生徒一人一冊渡される。
その表紙には生徒名と国籍欄があった。朝登校すると教室の入り口のバスケットにその連絡帳を入れることになっている。娘のクラスは30人、半分の15人は現地の香港人だった。その15人の連絡帳の表紙を見たらA君国籍イギリス、Bちゃん国籍アメリカ、C君国籍カナダ、D君国籍オーストラリア、Eちゃん国籍カナダ......。
なにこれ? 15人全員アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのいずれかであったが7割はカナダ籍だった。
そうだった! 1997年の香港返還前に極端な変化を恐れ、多くの香港人はカナダパスポートを取得して移民していったのだった。
バンクーバーは香港人だらけでホンクーバーと呼ばれていた。97年の返還後、ふたを開けてみたら香港は変わっていない、昔のままだ、景気も香港のほうがいいと2000年代初頭からカナダに移民していった香港人は香港に戻ってきた。
海外に住んでいる日本人を海外に移住している日本人と呼ぶと思う。
移民とは言わない。移民とはその国ににいて身の危険がある、あるいはそこにいても明るい展望がない、そういう意味が含まれている言葉だと思う。
■ ああ、あの先生も、あの生徒も香港から出て行ったよ
返還からわずか20年ちょっとで再び移民が始まった。ことの発端は2020年7月に施行された国安法だ、香港から自由がどんどん消えていく。
香港と中国とを隔てる違いの消失のスピードの早さには本当に驚く。自分の周りの香港人は子供の教育の事を考え香港を脱出する人が多い。ずいぶんと見送ったな。「あのお宅も、あの人も香港に見切りをつけて出て行ってしまったよ」って、もう何回聞いたかな。
英字紙サウスチャイナモーニングポストによると去年1年だけで中高生徒4500人。また教師1000人が辞職して香港をあとにした。
2019-2020年度は生徒2700人、教師498人と比較すると大幅な増加である。
また調査によると現在生徒1人につき生徒32人 教師7人が香港からいなくなるのを見届ける計算になるという。
その多くはイギリスへと渡った。イギリスが香港人に対してイギリスに半年間滞在できるBNO(イギリス海外市民旅券)を支給しBNO保持者とその家族に5年間の居住を認め、さらに1年いれば市民権も申請できるという道を開めだ。だから香港は連日平均で毎日1000人近くがイギリスへと渡っている。
といっても誰もが容易に移民できるわけではなく、向こうに行ってからの生活維持が容易な資金、数千万円から数億円を持っている人たちが移民している。現にイギリス政府もそれを当て込んでいるように見受けられる。貧困国からの移民よりイギリスに投資してくれるお金を持っている香港人の受け入れに寛大な理由の一つだと思う。
■ある空港での出来事
去年10月にイギリスの大学に留学している娘がイギリスへ戻るため香港空港に見送りに行った。
コロナで恐ろしいほどガランとした人のいない空港であったがロンドン線だけは人がいる。
普段だったら、行ってらっしゃ~いと旅に向かう知人家族を見送るのに
「さようなら香港」と香港を後にする人が多い。
その日も今生の別れのような雰囲気の家族がいた。イギリスへの脱出組だろうと雰囲気ですぐわかった。どうやら娘が乗るのと同じ便のようだ。そして偶然話しかけられた。
「日本人?」と聞かれたのでそうだと答えた。
「あなたがた日本人が今持っている物をあたりまえと思わないでください。日本はねアジアで1番、民主主義が発達してるんだ。」
後から娘から聞いた話によるとその家族は離陸してから窓から遠ざかる香港を見ながら泣いていたという。特に奥さんが大泣きしていたよ、と。「さようなら愛する香港、再びきらびやかさが戻るその日まで」とむせび泣いていたのかもしれない。
それから2カ月ほどして愛国者だけしか立候補できないように変更された議会選があった。投票日はバスや地下鉄などの交通機関を無料にしたが投票率は史上最低となった。
選挙のニュースを見て空港で話しかけてきた男性をなぜか思い出したのだった。
そしてわが身の安全を守るために国籍を買うという、その必要がない日本に感謝しないといけないとふと思った。
2021年がまさに終わろうとしていたその時に、蘋果日報(アップルデイリー)に続いて、最後まで生き抜いていた民主寄りの「立場新聞」がついに白旗を上げたという一報が入ってきた。
2022年も香港人の海外移民がさらに加速する年になるのではないだろうか。
著者プロフィール
- マリエ
香港在住の雑貨が大好きなフォトグラファー。大学卒業後、自動車会社、政府機関、外資企業にて広報担当。夫の転勤で香港に移住後、カメラに興味を持ち、日本人、外国人フォトグラファーに師事。現在、雑貨を可愛く撮るカメラ教室「Zakka Styling」を主宰。同時に家族写真、ロケーションフォトの依頼もこなす日々。インスタグラムはこちら。