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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

イラクからの米軍撤退と激化するISISの攻撃

©sadikgulec - iStock

昨日、イラク政府の国家安全保障補佐官が「イラクに駐留する多国籍軍の戦闘ミッションが終了し同部隊の撤退をここに発表する」と公表しました。

今年7月にイラクのカーズィミ首相がワシントンを訪問した際に、バイデン大統領と一緒に2021年12月31日までの戦闘部隊撤退計画を発表していました。今回の発表により少し前倒しをした形での撤退となります。

これにより、2014年から始まった米軍を中心とする対ISISの戦闘作戦は終了。今後はイラク軍を訓練する部隊だけが駐留すると見られます。

しかしここ数週間、イラク中部地域を中心にISISによる攻撃が激化しており、この撤退のニュースに影を射しています。

  

イラクの多国籍軍の駐留と火種

米軍を中心とした多国籍軍は、2003年のイラク戦争を契機に占領軍として駐留を開始しました。

その後も「テロとの戦い」を名目に駐留を継続。2007年の17万人をピークにその後オバマ政権のもと徐々に数を減らし、2011年には一度完全撤退をしました。

2014年に過激派組織ISISがイラクの大部分を占領下におくと多国籍軍は再度派兵されます。しかし2017年にイラク国内でISISが支配地域を失うと戦闘任務は実質上終了。主にイラク軍やペシュメルガ(クルド自治政府軍)に対する訓練やアドバイザーとしての立場で駐留を続けいていました。

しかし2020年1月、トランプ前政権のもと、イラン革命防衛隊クッズ部隊のソレイマニ司令官を米軍がバグダード国際空港敷地外で暗殺をするとイランと米国の関係が最悪に。バグダードにある米国大使館など政府機関などが入る通称「グリーンゾーン」に対する攻撃や、親米であるクルド自治区内の米軍施設にも度重なる攻撃が仕掛けられ、市民や米軍関係者にも死者が出ています。

米軍は中東地域からの撤退を進めており、今年8月のアフガニスタンからの撤退に続きイラクからの撤退も協議を進めていました。

現在、イラクには約2,500名の米軍兵士と約1,000名のその他多国籍軍兵士が駐留していますが、その大部分が今年末までに撤退すると見られています。

    

多発するISISの攻撃

今までもイラク国内、特に首都のバグダードの一部地域や中部のキルクーク県、サラハディン県、ディヤラ県を中心にISISによるテロは度々ニュースになっていました。

特に上記のバグダードを除いた3県は、イラクの中央政府が管轄する地域と北部のクルド自治区のちょうど境界線に位置しており、両軍の緩衝地帯の役割も担っているために権力の空白地帯となりやすく、そこをISISがついて活動の拠点としてきました。

2017年にISISの支配地域がなくなると、クルド自治区は占領していたキルクーク県やニナワ県西部といったクルド人が多数派である地域を取り込み、悲願であった独立を問う住民投票を実施しました。しかしこれは国際社会(特に米国)に全く承認されず、占領していたキルクーク県なども親イラン民兵組織を中心としたイラク中央政府軍に取り返されてしまいます。

イラク中央政府とペシュメルガは関係が冷え切った中で、多国籍軍の仲介のもと対ISISの掃討作戦を続けていました。

そんな中で、ここ数週間ISISによるテロ活動が活発化してきています。

11月29日にはディヤラ県に駐留していたペシュメルガが8名がISIS戦闘員の奇襲を受け死亡。その3日後にはエルビル県南部マフムール地区とすぐ近くのキルクーク県の2つの村をISISが襲撃。マフムール地区では一晩に渡りペシュメルガと村民が戦いましたが10名のペシュメルガと11歳の子どもを含む村民3名が命を落としました。

一週間で20名近い兵士が亡くなったというニュースはここクルド自治区でも衝撃を与えており、いまだISISの脅威が去っていないことを認識させられています。

    

今後の展望は

ISISの攻撃が増えてきたタイミングでの撤退発表で、今後のイラク軍とペシュメルガによるISIS残党に対する作戦が上手く進むのか心配の声がない訳ではありません。

イラク軍もペシュメルガも、今後も対ISISの作戦を遂行するために多国籍軍の哨戒機による空からの探索、また武器の供与や訓練は必要であるとの立場です。

これらの懸念に対して、アメリカのロイド・オースティン国防長官は米軍の支援を約束する書簡をイラク政府とクルド自治政府に対して送っています。

先月末から多発するISISによるテロを受け、イラク軍とペシュメルガの連携の強化を行うことも現在進んでいます。これは2017年にクルド自治区が独立を問う住民投票を実施し、実際に両者が戦火を交えたことを踏まえると、大きな関係改善と言えます。

権力の空白をなくすために、今まで入れなかった地域のクルド人の村へペシュメルガが駐留することも決まり、今月初めに襲撃された村の一つであるキルクーク県のリヘバン村に今週ペシュメルガの警備拠点が設けらえました。

まだ今後、訓練の目的で残る多国籍軍を狙った親イラン民兵の攻撃がなくなるという保障はできません。来年からが対ISIS戦闘におけるイラク中央政府とクルド自治政府の協力が問われる正念場といえます。

米軍の撤退を受け、ISISが新たに版図を拡大する可能性は極めて低いでしょう。しかしこれを受けてイラク国内でイランの影響力が伸長しそれが新たな火種にならないか、それを心配する声は特にここクルド自治区内では聞かれます。

来年のイラクがどんな年を迎えるのか。ここに住む身としても注視していきたいと思います。

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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