ベネルクスから潮流に抗って
夫婦別姓で1ミリの問題もないベルギーより
6月23日、夫婦別姓が認められない法制度は、憲法に違反しないと最高裁は判断したとの日本からのニュース。またもや、選択的夫婦別姓が否定された。「あと何年かかるのか」、審判を申し立てた事実婚の夫婦たちの落胆の声が痛々しい。
私が大学生の時、一番最初の課題らしい課題のレポートで選んだテーマは「夫婦別姓」だったことを今でもよく覚えている。当時、夫婦別姓を求める世論が高まっていた。私の単純な疑問も「なんで、結婚したら苗字を変えなくてはいけないの?」だった。26年前である。そして現在、夫婦同姓をいまだに強制している国は日本だけになってしまった。
日本で多くの人が望み、訴訟を起こし、幾度か国会の議論に上り、その度に否決されてきた。その間、世界中は多様性、個人の選択、女性への不平等を是正しようと価値観をアップデートさせてきた。特に不都合を受ける人もいないのだから現代的な要求に合わせて文化が変わっていくのは当然だ。夫婦別姓は一つのテーマに過ぎないが、このように当然変わっていくべきものが変わらない。日本で女性やマイノリティーの生きにくさと無関係ではないように思える。
大学を卒業して数年後、私は思いがけずオランダ人のパートナーといっしょになる。外国人という異物が入ると、夫婦別姓で「家族の絆が壊れる」とか「子供がかわいそう」とか「伝統が云々」とかそういうものが全く不問となるという、興味深い発見をすることになった。世界中が変わっても夫婦別姓にこだわり続ける日本が、相手が日本国籍の人でない場合、別姓を選ぶことはまったく問題ないのだ。ずっこけそうになった。相手が外国人だと家族の絆はそもそもなく、こどもがかわいそうでもないのは、日本の伝統からはみ出した家族ということだろうか。
結局私は日本の法律下では結婚しなかった。私が住み着いたオランダでも、その後暮らしているベルギーでも、世界のスタンダードがそうであるように夫婦別姓は当たりまえだ。自分の姓と夫の姓を2つくっつけることもできるし、夫もしくは妻の姓に変える選択肢もある。日本の夫婦同姓強制の話をベルギー人の友人(60代)にしたら、「ベルギーで結婚して姓を変えられるの?両親もじいちゃん、ばあちゃんもそれぞれの姓だったから、変えられるって知らなかった」と逆に興味深い庶民感覚を聞くことができた。
小学校の名簿には両親名が記されていたが、ほとんどの人がそれぞれの姓を名乗っていることがわかる。こどもの姓は選択しなくてはいけない。複数いる場合は統一する。一般的に、こどもの姓に夫の姓を選んでいる人が多いように見える。これも家父長制的影響なのだろうと思う。
長男は日本で生まれ、出生届も日本で出した。当時、連れ合いとは婚姻関係がなかったので、息子の姓は自然と私の姓「岸本」となった。その後、オランダに渡って数年は「パートナーシップ制度」の元でパートナーシップ登録をし、長男が4歳になっときにアムステルダム市役所に婚姻届けを出した。私も連れ合いも自分の姓を変えることは1ミリも考えなかったし、その必要もないので、話し合いすらしなかった。
数年後に次男がオランダで生まれた。子ども間で一つの姓に統一というルールだったので、次男もまた「岸本」となった。結果的とは言え、子どもたちが私の日本の姓を名乗ることとになったので、夫に「それでよかったのかな?」と一度尋ねたが、なんでそんなこと聞くの?全然いいじゃんという反応だった。
オランダ、ベルギーで育ち、教育をうける息子たちは、母が日本人というアイデンティティーに時に困惑しているように見える。現地語を話さない母、日本語という彼らにとって難しい母の母語、時に理解不能な文化、約一万キロも離れた遠くにいる母の家族。それでも姓は誰が見てもヨーロッパ由来ではないkishimoto。二人がそれに文句を言ったことはない。反対に、決して言葉にはしないけど自分たちのルーツの一部だと誇りに思っているように私には見える。
夫の両親や兄弟から子どもたちが「どうして彼(うち)の姓でないのか」と聞かれたことは一度もない。そんなことをだれも気にしていない。「kishimotoってかっこいいよね」とむしろみんなが私の非ヨーロッパ的な要素を誇りに思ってくれていると感じる。文化の多様性や会話を豊かにするポジティブな要素として。
私はたまたま夫婦同姓強制の拘束から逃れたが、26年の間、この問題をずっと当事者として自分事だと直視してきた。夫婦同姓の強制は国際的な「ジェンダー・ギャップ指数」が156カ国中120位という日本のランキングにも大貢献している。全力をかけて、ジェンダー平等や多様性の価値のアップデートをしないと頑張り続ける政権は、「ジェンダー・ギャップ指数」で日本がと著しく低い現状を「大変残念な状況にある」と他人事のように言っている。将来の世代が当たり前の選択肢を得るために、私たちが諦めてはいけない。この世代で決着をつけねば。
著者プロフィール
- 岸本聡子
1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。