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トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

アレッポ石鹸の輝きをトルコでも - 伝統の製法と本物にこだわるシリア難民の石鹸作り

アレッポ石鹸を買う際に注意したいこと

記事の最初のほうで触れましたが、アレッポ石鹸とひとことで言っても、ローレルオイルの含有量によって値段が大きく異なります。El-Tahhan 社では市場 (マーケット) の要請に合わせて、ローレルオイルの含有量を変えています。

2.5%、10%、20%、30%、40%、50%、60% となっています(パッケージにすべて表示されています)。個人で購入する場合は含有量を選べますが、輸入業者が一括で買い付けを行っている場合、含有量を知ることは簡単ではありません。

ローレルオイルの含有量.JPG

パッケージに表示されているローレルオイルの含有量。一番上の2つは新商品で、パッケージがまだできていません。左には 50%、右には 60% のローレルオイルが含まれます。 - 筆者撮影

石鹸作りの職人はニオイでローレルオイルの含有量を知ることができます。でも素人には難しい。それでも、ローレルオイルの含有量が高い石鹸の気高い香りは格別で、虜 (とりこ) になります。アレッポ石鹸を 2 つに切り分けて家の中に置いておくと、ローレルの爽やかな清涼感溢れる香りが漂い、天然の芳香剤のようにもなります。

外は金色・中は緑.jpg

二つに切り分けたアレッポ石鹸。清涼感のある香りが部屋に広がります。 - 筆者撮影

通常日本では一番多くてローレルオイル 40% のものが売られているかもしれません。でもヨーロッパ圏ではさらに含有量が多い石鹸の需要が高まっているため、El-Tahhan では今年 (2021年) からローレルオイルが 50% と 60% 含まれた石鹸を作り始めました。もはや高級品の部類に入ります。私は 50% の石鹸を手や体を洗うために、60% の石鹸を洗髪用に使い分けています。

50%と60%.JPG

左側が Princess と名付けられたローレルオイル 50% の石鹸、右が Platin と名付けられたローレルオイル 60% の石鹸。使いやすくするために 2 つに切り分けてくれました。 - 筆者撮影

シリア人の匠から贈る同志のシリア人へのメッセージとは?

シリアでは人口の 3 分の 1 が難民となり、国外に出たとも言われています。現在、シリア難民の数は 670 万人。そのうち 370 万人のシリア難民をトルコが受け入れています(UNHCR の統計による)。私がメインで住むガジアンテプだけでもシリア難民の数は 100 万人に近いと言われています。

シリア難民たちの生活は千差万別。生活に困らないシリア人もいれば、とことん貧困に陥っているシリア人もいます。ところで、一般的な「成功」の指標はお金がどれだけあるかということだと思いますが、本当のところ人生における「成功」とはお金の多さで決まるわけではありません。

アレッポ石鹸ブランド El-Tahhan の 3代目の匠 Waddah 氏は確かに「成功者」ではありますが、収入はシリアにいたときよりずっと減っていると言います。それでも新天地トルコで「成功」したといえるのは、彼のポジティブなチャレンジ精神に負うところが多いと思います。トルコにいる仲間のシリア人にメッセージを送るとしたら、どんなメッセージになるかお聞きしてみました。

過去に生きるな。今日を生きろ。明日を生きろ。ネガティブな思考に成功はない。

ということでした。確かにその通りです。

私自身、10 年以上シリア難民と関わってきて思うことがあります。過去に生きているシリア人の数が非常に多い。あるいは叶いもしない夢を見ているシリア人が多い。叶いもしない夢とは、ドイツに行けさえすれば、カナダに行けさえすれば楽になるのに...など、とにかく今の現実から逃れたいという現実逃避です。でも往々にして、こういう思考のアラブたちは念願のドイツに行ったものの溶け込めず、言語も習得せず、トルコでの生活を懐かしむというパターンに陥りがちです。実際にドイツからトルコに戻った難民たちも一定数います (国外退去ではなく自主的な移動です)。

そんな中で、現状を受け入れ、前向きな見方をしているシリア難民はずっと楽に生活できるのではないかと思います。お金を持っているかどうかにかかわりなく、「Peace of mind (心の安らぎ) 」。これが成功の秘訣なのではないかと思います。

工場の中はローレルの清涼感ある香りで一杯.JPG

アレッポ石鹸 - 筆者撮影

もちろん、言うは易し・行うは難しです。確かにトルコにいるシリア難民たちの状況は圧倒的に不利です。一般的に手厚い支援が受けられる欧米諸国とは異なり、トルコの環境は「働かなければ生きていけない」という過酷なもの。そして働いても働いてもその日暮らしだけで将来が見えない...そんな葛藤もあります。

そんな中で、過去の思い出に浸るだけ、あるいは叶いもしない夢を見るだけでは自分をさらに苦しめることになります。過去の思い出は大切。でもそれに生きることはできません。目標を持つことは大切。でも夢を見るだけで生きることはできません。このバランスが取れているシリア人は少数派ではありますが、どんな状況にも対応する柔軟性を持っているという意味で「成功者」であると思います。

今回インタビューに答えてくださったアレッポ石鹸のブランド El-Tahhan の 3 代目の匠もポジティブな精神の持ち主であることは確か。仕事が軌道に乗ったという意味では確かにラッキーだったかもしれません。でも、ポジティブな思考がなければ、そもそも新天地のトルコでゼロからのスタートを切るという決定もしなかったでしょうから。

トルコで製造されるアレッポ石鹸の行方

トルコで製造されるアレッポ石鹸には「Made in Turkey」と表示されます。アレッポ石鹸はやっぱり「Made in Syria」でなきゃ...と思ってしまいますが、トルコ政府に登録された会社である以上、Made in Turkey なのです。でも匠を筆頭に職人たちは全てシリア人。製造拠点が移動したというだけです。

表示は Made in Turkey.JPG

Made in Turkey と表示されているアレッポ石鹸 (筆者撮影)

セレブや有名人を使って大々的に宣伝できるブランドとは異なりますので、今後も地道に市場開拓を行うしかありません。アレッポ石鹸のファンを今後も増やし、愛される石鹸になるように...そんな思いを込めた石鹸作りです。

私も、この武骨ではありますが優秀なアレッポ石鹸の一ファンとしてこれからも末永く使っていきたいと思っています。なお石鹸ブランド El-Tahhan の工場は見学が可能です。一見すると何の変哲もない普通の工場。でも工場の中に入ると、ローレルの気高いフレッシュな香りに包まれます。

会社の看板.JPG

Nizip にある El - Tahhan の工場の看板

Tahhan 一族.JPG

これからも一族でシリア人の誇り・老舗の誇りを守っていきます。 - 筆者撮影

アレッポ石鹸の工場見学なんてなかなかできる体験ではありません。石鹸の仕込みは冬場。私も冬場にまた工場にお邪魔する予定です。機会があれば、皆様にも是非お勧めしたいです。

なお、El-Tahhan ではトルコの工場からの現地直送を承っています。ご関心のある方は、筆者プロフィール欄のメールアドレスでお問い合わせくださいませ。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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