Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
オーストラリアが世界的コロナ禍でも国際スポーツ大会を次々と開催できるのはなぜか?
今年2021年2月、世界的な新型コロナウイルス感染症のパンデミックのなか、例年通り「全豪オープン・テニス」を開催し、成功させたオーストラリア。
その徹底した対策については、「全豪を成功させた主催者が語る東京五輪への懸念」に書いたが、現在も、サーフィンの国際大会「チャンピオンシップ・ツアー(CTツアー)」第2~5戦の全4戦を開催中だ。
また、国内スポーツにおいても、4月25日にメルボルンで行われたオーストラリアン・フットボールの試合で、観客動員数78,113人という、新型コロナウイルス感染症パンデミックが始まって以来の世界最高を記録した。
メルボルンで78,113人の観客がオーストラリアン・フットボールの試合を観戦。新型コロナのパンデミックが始まって以来、世界最大規模のイベントとなった。4/25のことだけどNZの5万人ライブおされてあまり報道されなかった...
-- Miki Hirano (@mikihirano) May 6, 2021
Melbourne Cricket Ground houses 78,113...https://t.co/9UkLxUPs8u
世界的パンデミックにも関わらず、オーストラリアでは、次々と国際的な大規模イベントを開催しているが、どのような対策を行っているのだろうか?
五輪開催についての議論が高まるなか、ここ、ニューサウスウェールズ州の事例をもとに、ウイルスの辿ってきたルートを徹底的に追い詰める対策、そして『ゼロコロナ』の本当の意味から、国際的大規模イベント開催を可能にしている理由を考察してみたい。
サーフィン世界最高峰大会CTツアー4戦をホスト
サーフィンの世界最高峰大会という位置づけのこのツアーには、日本の五十嵐カノア選手(男子)と都筑有夢路選手(女子)をはじめ、ブラジルや南アフリカ、フランス、イタリア、ポルトガル、米国など、文字通り世界中から選手が参加。4月1日から5月26日までの予定で、豪国内4ヶ所のビーチで行われている。
このツアーは本来、第2戦、3戦を米国で開催する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大のため中止となっていた。オーストラリアは、WSL(ワールド・サーフ・リーグ)がシーズン開幕時に発表した第4戦目の開催地として挙がっていたが、ワクチン接種が世界で満遍なく行われていないことなどから、開催が危ぶまれていたところ、計4戦をオーストラリアがホストすると発表。
我が地元ビーチでも豪州ツアー第2戦目が開催され、連日多くの観戦客でにぎわい、臨時駐車場となったラグビー・パークなどは満車でなかなか停められないほどだった。
入国時の徹底した検疫隔離体制
オーストラリアは、全土で市中での新規感染がほぼない『ゼロコロナ』を達成しているが、国際大会では、新型コロナウイルス感染拡大国からも選手や家族、関係者を入国させることになる。
これはかなりリスクが高いが、全豪オープン・テニスで行ったように、入国時の検疫隔離を徹底することで解決している。
今回のサーフィンCTツアーも全豪と同様に、到着する選手ら、すべての関係者は、チャーター機で来豪。全員が事前検査を受け、陰性を証明。到着後は、14日間の強制検疫隔離となり、指定の検疫用ホテルで過ごすことになる。その間の数回の検査で陰性が確認されなければならないなど、入国時の徹底した検疫隔離が非常に重要な鍵となっている。(参照)
ゼロコロナがあってこその国際大会開催
万が一、こうした海外からの入国者によってウイルスが持ち込まれ、市中に漏れてしまった場合はどうするのか?という疑問を抱く人も多いことだろう。
これは、ゼロコロナで市中新規感染が無い=市中にウイルスが蔓延していないことが大きなメリットとなる。市中にウイルスが蔓延していないということは、万が一、海外からの入国者検疫で漏れてしまった時にも早く発見できるからだ。
ウイルスが市中に蔓延し、感染者がどれだけいるのかわからない状態では、海外から入ってきたのか市中にいる感染者の誰かからうつされたのか、わからなくなってしまう。逆に、市中に感染者がひとりもいない状態なら、わかりやすい。
物が散乱した雑多な部屋で落とし物をしたら、見つけにくいが、物が何も置かれていない空の部屋では、すぐ見つけることができるように...
ウイルスの辿ってきたルートを徹底的に追い詰める2つの対策
オーストラリアがパンデミック初期から行ってきた感染経路追跡システムと下水調査の活用は、徹底的にウイルスの辿ってきたルートを追い詰め、最初に見つかった感染者から次の宿主にウイルスが渡るのを可能な限り防ぐことができているといえる。(※各州でほぼ同じような対策をしているが、以下ではニューサウスウェールズ州のやり方を記載)
1)徹底した感染経路追跡
効果の高い感染経路追跡を行うためには、まず、徹底した検査が必要となる。検査対象を無暗に絞り込まず、接触者となる人すべてに検査を呼びかけている。これが広範囲の検査を可能にし、発症前の感染者を早期に発見することに成功しているといえるだろう。
感染者が見つかった場合、接触者となるのは、感染者が感染力のある期間に訪れたすべての場所に、感染者と同じ時間帯に訪れた人全員だ。マスク着用の有無も換気の有無も関係ない。
例えば、Aさんが感染した場合、家族や感染者Aと直接会った人はもちろん、感染者Aが5月1日の午前9時から10時までBカフェで食事をしていたら、このBカフェに同じ日のこの時間帯にいた人すべてが「接触者」となる。
また、電車やバスなどの公共交通機関の場合は、感染者Aが乗車した路線と区間、日時を公開。同じ日時に同じ路線を利用したすべての人が対象となる。
州当局は、こうした感染者が訪れたことで感染する恐れのあるスポットを公開し、誰でも見て確認することができる。そのため、州政府から「アラート」として情報が発信されると、住民がそれを見て、自発的に検査に行くため、1日に何千何万という検査数になっている。
昨日判明したシドニーの感染ケースで、NSW州財務相が自己隔離に入った。感染者が訪れたことで感染する恐れのあるスポットにリストされたカフェを同日同時間に訪れていたことから接触者となるため。
-- Miki Hirano (@mikihirano) May 5, 2021
感染者との直接接触はもちろんなく、検査結果は陰性だが当局の医学的アドバイスに従い14日間隔離する https://t.co/rCz4t1TKb7
また、カフェなどの店舗は、入店時にQRコードを読み取って、入店者情報と日時を記録、当局のデータベースに送信する仕組みも運用している。そのため、記録に残っている「接触者」となる人には、当局から連絡がいっているはずだ。
豪NSW州のお店のコロナ対策。入口に店舗面積に応じた最大来客数(一度に何人入店何か)を掲示。入店前にQRコードで来店者情報を入力。退店時にボタンを押すとその人が何分その店に滞在したか記録し、感染者が出た際の経路追跡に利用。州民でアプリ入れてれば都度入力不要。どの州も同じような仕組みpic.twitter.com/ZQdkYqR2dx
-- Miki Hirano (@mikihirano) April 8, 2021
このように、感染する恐れのあるスポットが判明し次第、逐次公開することで、住民自ら確認して自衛することができるため、感染拡大防止の一助になっている。
2)下水調査の活用
こうした感染者の足取りを辿ってウイルスを追い詰める『感染経路追跡』に加え、下水調査も活用している。
下水は下水処理場ごとに検査し、ウイルスの断片が検出された場合、その下水処理場が管轄する区域の住民へ注意喚起を行う。
本日も新規市中感染0を記録した豪ニューサウスウェールズは、新型コロナ感染症対策として下水調査を強化...3月以降Covid-19の下水検査体制を確立し、5月にはパンデミック最初の数週間にシドニー全域から収集したサンプルを検査、過去事例と比較...7月からは州全域を監視...https://t.co/32c6ApAMwO
-- Miki Hirano (@mikihirano) November 5, 2020
ニューサウスウェールズ州の新型コロナ対策の一環としての下水監視プログラムは、州保健局だけではなくシドニー水道局が一緒にコロナ対策チームとして日夜調査を行なっている。
-- Miki Hirano (@mikihirano) November 12, 2020
州政府の下、各機関が得意な分野で助け合い、英知を分かち合って立ち向かっているのって、すごくオーストラリアっぽい! https://t.co/L535HJAmWe
下水調査でウイルスが出た区域に住んでいるからといって、すぐに「接触者」のような対象になるわけではないが、当局は新型コロナウイルス感染症によくみられる症状、とくに風邪と見分けがつきにくい些細な症状であっても、何らかの症状がみられる場合は、直ちに検査をして「陰性」となるまで、自己隔離するように呼びかけている。
ゼロコロナの本当の意味
『ゼロコロナ』というと、「感染制御したというオーストラリアだってニュージーランドだって、今でも(数人であっても)感染者がでているのだからゼロコロナじゃない!ゼロコロナは無理」という意見があるが、『ゼロコロナ』とはそういう意味ではない。
上述のように、新規市中感染ケースをできる限り「ゼロ」の状態に保つことで、すぐに感染者を発見でき、次の人にウイルスを渡さない対処をすることで、感染拡大を素早く抑えることができる、ということだ。
オーストラリアは、パンデミックが始まり、感染拡大し始めた3月に国境を閉鎖してから2~3ヶ月ほど(徐々に緩和)、半ばロックダウン状態とする「ステイ・ホーム」を徹底し、ほとんどの州で『新規感染ケースをゼロ』にすることができた。そして、それを可能な限り維持してきたことで、感染拡大を制御する体制ができている...と言えると思う。
だからこそ、ほぼ元通りの生活ができるまでに回復し、国際大会をはじめ、8万人近い観客を動員する大規模イベントも制限なく開催できていると言えそうだ。
【オーストラリアのコロナ対策シリーズ】
全土でウイルスをほぼ制御し、経済もほぼ正常化している豪国内のコロナ事情関連コラム一覧。
▼全豪を成功させた主催者が語る東京五輪への懸念
世界的パンデミックの中で開催され、無事成功を収めた全豪オープン・テニスの徹底した対策と東京五輪への警鐘を取り上げる。
▼感染拡大からゼロコロナへ!メルボルンの大逆転戦略とは(1)(2)
一時は感染が拡大したものの、約3ヶ月半のハード・ロックダウンで、2020年内にほぼ通常の生活を取り戻せるまでになったビクトリア州が正常化するまでの軌跡。その経緯と実際の対策を2回に渡って振り返る。
▼突然のクラスター発生、ロックダウンは効果あるのか?
シドニー北部でクラスターが発生し、3週間のロックダウンで再びゼロに戻した戦略とは?
▼クリスマスまでにウイルスを駆逐せよ!豪の新規感染0戦略
クリスマスまでに全土で新規市中感染ケースをゼロにしてコロナを制御、国内を正常化するミッションとは?
▼メルボルンの事例にみる感染拡大しやすい都市(1)(2)
毎日数百人もの陽性者が出て、感染拡大したのは豪国内でメルボルンを中心としたビクトリア州だけだが、なぜメルボルンだけが感染拡大したのか?都市構造のような物理的ファクターと国民/県民気質のような住民の気質といった異なる2つの観点から2回に渡って考察。
▼オーストラリアは冬に本当に感染拡大したのか?
季節的なファクターで感染拡大したのかどうかを検証。
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
個人ブログ On Time:http://tabimag.com/blog/
メディアコーディネーター・ブログ:https://waveplanning.net/category/blog/