NYで生きる!ワーキングマザーの視点
世界的なプロスピーカーとして栄誉あるCSP®を獲得した初の日本人~信元夏代
心が折れている自分をネタにする強さ
──乳がんを克服されたのですね。お子さんを育てながら大変でしたね。
今も忘れない乳がんをドクターから宣告された日は、2月6日の大雪の日で、娘をセントラルパークへソリ遊びに連れて行こうとバタバタと準備をしているときでした。突然、ドクターから電話で連絡がありました。
頭の中に二つ浮かんだことがあって、娘を怖がらせないよう、自分が強くあらねばならない。その一方で、これはスピーチのいいネタになるということ。ネタになるって思った自分に驚きました。
驚きつつも、それが私のライフミッションだと感じ、プロフェッショナルスピーカーになろうと決意しました。乳がんの治療中も、スピーチコンテストに出場し、コーチングを受けたり、コーチとして教えたりしていました。
体調を心配してか周囲から「スピーチコンテストには、無理に出場する必要はない。」と言われましたが、だからこそ出たいと思いました。スピーチを通して、私自身が多くの人と赤い糸でつながり、サポートを得たいからです。
話すことで自分が癒され、心から語ったストーリーは、聞いている人たちにも癒しを与えます。乳がんという状況だからこそ、双方向のヒーリングが必要だと感じ、スピーチを続けてきました。
──Certified Speaking Professional (CSP® ) 称号を得るまでの軌跡を教えてください。
アメリカのプロフェッショナルスピーカーは、特定の会社に所属せずにインディペンデント(独立)として活動しています。
アメリカのプロフェッショナルスピーカー業界では、CSP(Certified Speaking Professional)という称号が最も権威あるものの一つとされています。これは、プロスピーカーとしての実績を認められた者にのみ与えられる称号で、わかりやすくいえばスピーカー業界でのアカデミー賞のような存在です。
CSPを取得するためには、4段階の厳しい審査を経る必要があり、250件の登壇記録や、これまでのクライアント20名からの推薦状、更には、実際の登壇の様子を編集無しで録画した動画の提出など、多くの要件をクリアしなければなりません。私自身もいつかは挑戦してみたいと、CSPを目指して担当者の連絡先、講演料や集客数などの記録をまとめていましたが、どこかで「無理だろう」と思っていました。
そんな中、2023年6月24日、シカゴで基調講演を控えた朝の5時に、日本のドクターから母の危篤の知らせを受けました。その日は7時からリハーサルで9時からが登壇でした。
私はすぐに航空券の手配や仏事など、1時間ほどで様々な準備を進め、オーディオチェックなどのリハーサルに入って1時間後、本番直前でマイクもOFFではありますが、身に着けている状態で、再びドクターから連絡がありました。蘇生を試みたものの母の状態はさらに悪化しているという知らせでした。
「延命治療のためにチューブを入れますか?それとも抜きますか?」といった具体的な選択を迫られました。
その瞬間もオーガナイザーに話すわけにはいかず、唯一そばにいたAVさんにだけ状況を伝えると、少しだけ気が楽になりました。
そのまま登壇し、何かにとりつかれているかのように、自分でも信じられないほどの力が湧き、私のキャリアの中で最高のスピーチを行うことができました。
その後、すぐに日本へ向かいましたが、あの状況下でのスピーチを振り返り、「今こそCSPにアプライするタイミングだ」と確信しました。
この時のシカゴでの登壇ビデオも併せて提出し、すべての要件をクリアして挑戦しました。そして、ついに今年の8月、世界初の日本人CSPとして認定される栄誉を得ることができました。
プロスピーカーとしての未来
──夏代さんは、どれほど高い目標にたどり着いても、さらに次へとご自身を追い込むタイプのようですが。今後、CSPの称号を得たプロフェッショナルスピーカーとして、どのような展望をお持ちですか?
CSPという最高峰の称号を手にした今、また新たな不安やプレッシャーに直面しています。「このままで良いのか?もっと高いクオリティを求めなければならないのでは?」って、べきべきっていう思いが、次々と押し寄せてきます。
とことん自分自身を追い込むタイプなので、自分を痛めつける一方で、そのプロセスをどこかで楽しんでいる自分もいるのです。
スピーチが苦手だった頃から、ここまで成長してきましたが、その過程で何度も価値に苦しみ、自分を問い続けてきました。乳がんの時も、母の危篤の際も、スピーチをしなければならない状況だったため、自分の感情を切り離して対応せざるを得ませんでした。
しかしスピーチを通じて、自分のストーリーを語ることで、自分自身が癒され、そして聞いている人たちにも癒しを届けることができたのです。スピーチが私を支え、成長させてくれました。
今も、次のスピーチに向けて準備を進めていますが、まさに「生みの苦しみ」を感じています。しかし、その苦しみを乗り越えた先にこそ、本当のやりがいがあると信じています。このプロセスが、私自身をさらに強くし、スピーカーとしての成長を促してくれるのだと思います。
これからも、このスキルを日本や世界に広め、異文化コミュニケーションやスピーチの重要性を伝えていきたいです。また、スピーチを通じて多くの人々が癒され、成長していけるような場を提供していきたいと考えています。
※1トーストマスターズ は、パブリックスピーキングとリーダーシップを学ぶための国際的な非営利教育団体です。1924年にアメリカで生まれた全世界143ヵ国で35万人以上、日本では4,000人以上の会員が、英語、母国語など様々な言語で活動を行っています。
【プロフィール】
リップシャッツ信元夏代(のぶもと なつよ)Natsuyo N. Lipschutz
ニューヨークを拠点とする事業戦略コンサルタント、プロフェッショナルスピーカー、グローバルプレゼンコーチ。
早稲田大学商学部を卒業後すぐにニューヨークに渡り、伊藤忠インターナショナルの鉄鋼、紙パルプを経てニューヨーク大学でMBAを取得。マッキンゼーでコンサルティングの経験を積み、起業。国際スピーチコンテストではニューヨークの強豪を勝ち抜いて地区大会5連覇、TEDxTalkへの登壇などを経てプロフェッショナルスピーカーに。全米で異文化コミュニケーションの基調講演登壇をしている。2021年6月には全米プロスピーカー協会ニューヨーク支部初のアジア人理事に就任、2024年には、同団体が認定するエリート・プロスピーカーの称号、Certified Speaking Professional (CSP® )を日本人初の取得。
【関連リンク】
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著者プロフィール
- ベイリー弘恵
NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。
NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com