コラム

米国のワクチン開発・製造政策(OWS)は本当に有効だったのか

2021年07月12日(月)16時45分

米国のワクチン開発・供給政策は、近年稀にみる産業政策の成功と言われているが...... REUTERS/Evelyn Hockstein

<トランプ政権によって開始されバイデン政権にも引き継がれたワクチンの承認・生産を超スピードで行うことを目的とした官民パートナーシップの枠組みは、近年稀にみる産業政策の成功と言われているが、果たして?>

新型コロナウイルスに対抗するため、世界中でワクチン開発・製造が急速に進められた結果、多くの先進国ではワクチン接種が驚異的なスピードで進みつつある。そして、この背景には米国が強力に進めた産業政策である「オペレーション・ワープ・スピード(OWS)」が存在しており、近年稀にみる産業政策の成功として評価されている。

「自由市場によっては成し遂げることは不可能だった」のか?

OWSはトランプ政権によって2020年5月に発表された補助金及び規制緩和によるワクチン開発・供給政策であり、その名の通り超スピードでワクチンの承認・生産を行うことを目的とした官民パートナーシップの枠組みだ。トランプ政権によって開始された政策はバイデン政権にも引き継がれており、超党派でその政策の有効性を認められた形となっている。

ただし、OWSのような産業政策を成功事例として受け入れることについて、我々はもっと注意深くなるべきだろう。危機的な環境においては、政府の役割は誇張されることが多く、それが本当に成功要因であるか疑わしいだけでなく、将来的な失敗の原因となる可能性もあるからだ。特に「自由市場によっては成し遂げることは不可能だった」という言葉が出てくる政府の自画自賛には眉に唾を付けて臨む必要がある。

ワクチン事前買取政策、補助金政策の有効性についての疑義

多くの政府関係者が産業政策の有効性を疑わないとき、有意義な議論を提供してくれる存在はリバタリアン系シンクタンクである。彼らは政府や社会の空気に一切忖度することなく、常に政府の役割の誇張に警鐘を鳴らし、その肥大化を食い止める言論を展開する。

CATO研究所が2021年7月8日に公表した論稿「Correcting the Record on Operation Warp Speed and Industrial Policy」もリバタリアン系シンクタンクによるOWSの成果に対する反証の1つである。

同論稿ではOWSによる規制緩和には一定の意味はあったとされるものの、その補助金政策やワクチン事前買取政策の有効性などについては疑義が呈されている。その論旨を要約すると下記の通りである。

・民間企業は政府の補助金に先駆けて開発・体制を構築しており、ワクチン開発メーカーの初期資本は新型コロナ問題発生以前に市場から資金調達されていた。
・当該ワクチン需要は既に見込まれる世界市場の需要予測だけで十分であったため、政府による事前購入契約は必ずしも意味があるものではなかった。
・米国におけるワクチン製造体制の基盤となる設備・ノウハウは政府が補助金をつぎ込む以前から存在していた。

つまり、CATO研究所の主張よると、政府がOWSを開始したとき、既に民間側で新型コロナに対するワクチン開発・供給体制は整備されつつあり、政府が行ったことは当該基盤の上に更に余剰資金を注ぎ込んだだけだったということだ。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スウェーデン中銀、5月か6月に利下げも=副総裁

ビジネス

連合の春闘賃上げ率、4次集計は5.20% 高水準を

ビジネス

金利上昇の影響を主体別に分析、金融機関は「耐性が改

ビジネス

中国人民銀行、与信の「一方的な」拡大けん制 量より
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story