コラム

WHY@DOLL(ほわいどーる)、「分断」の時代のアイドルとは?

2017年07月31日(月)11時30分

アルバムの題名が彼女たち自身の名前であることで象徴されるように、各楽曲が「オーガニック」な要素満載である。辛口の音楽批評で有名なライムスター宇多丸氏が、2016年度の第一位のアイドル楽曲に選んだ「菫アイオライト」など新曲を多数含めた名盤だ。彼女たちはアイドルの中でも音楽性に富んだいわゆる"楽曲派"といわれている。例えば、彼女たちのワンマンライブでは、アコースティックライブも珍しくはない。多くのアイドルがカラオケ中心の中で、彼女たちの肉声、楽器の音色、ライブの臨場感など音楽そのものを大切にする姿勢を崩さない。

今回もその特徴をいかんなく発揮した出来栄えとなっている。特に同世代のアーチィスト仮谷せいらが、作詞として参加した二曲「Tokyo Dancing」と「夜を泳いで」は象徴的な作品になっている。WHY@DOLLのふたりは、北海道から東京に移住してもう4年ほど活動を続けている。仮谷作詞(Jess&Kenji<give me wallets>作曲)の前者は、東京での幸福の一瞬、そして後者は東京での孤独を象徴している。実際に、「夜を泳いで」を地方遠征の帰りに歌詞を読んだふたりは涙したという(参照:[ほわどる対談 vol.1] WHY@DOLL x 仮谷せいら x give me wallets)。

特に重要なのは、上記の対談で仮谷が「ふたりが思ってることをWHY@DOLLのファンやふたり自身にも受け取ってもらってジ〜ンとしてほしいっていうのが、実は裏テーマでした」と述べているところである。

共感力によって分断を解消する

現代のアイドルたちの活躍する場は、さまざまに「分断」されている。アイドルとファンの間にも「分断」はある。アイドルたちが求めるものと、ファンが求めるものに深刻なズレがあることも珍しくない。特に現代のアイドルのライブでは、ファンもまたひとつの重要なパフォーマンスの要素である。彼ら&彼女たちの沸き方が、アイドルたちの評価を決めてしまうこともある。だが、それが必ずしも一体となっているかどうかは難しい問題だろう。

例えば、評論家の速水健朗とフリー編集者のおぐらりゅうじの共著『新・ニッポン分断時代』(本の雑誌社)には、人々の「分断」を解消するアイドルとして、ベッド・インを紹介している。ベッド・インは80年代後半のバブル時代を再来させるために結成されたコンビだ。彼女たちは、いわば「みんながお金の恩恵をうけたバブル」を再現することで、社会の分断を修復しようとしているのだ、と速水たちは言う。その意味ではかなりラディカルなアイドルである。だが、WHY@DOLLのように、(仮谷せいらが指摘している)共感力によって分断を解消する道もあるはずだ。そしてこの共感力こそが、冒頭に書いたアイドルのもつ「癒し」の根源でもある。

ノーベル賞を受賞した経済学者のアマルティア・センは、アダム・スミスの古典『道徳感情論』の中に、何が正しいのか、何がいいのかを押し付けることなく、共感の力によって分断の時代を乗り越えるものを見出している。実は、私が日本のアイドルたちの中に見出している大きな要素は、この共感による分断の乗り越えである。その力を最も強く感じるアイドルのひとつが、WHY@DOLLだ。

彼女たちの「オーガニック」は、有機的な人と人とのつながりを再生することも意味するのではないか。アダム・スミスからWHY@DOLL(ほわい・どーる)へ。アイドルは経済学をもその世界に含んでいく。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

高市首相、来夏に成長戦略策定へ 「危機管理投資」が

ワールド

森林基金、初年度で100億ドル確保は「可能」=ブラ

ビジネス

米ヘッジファンドのミレニアム、自社株15%を売却=

ビジネス

為替円安、高い緊張感もって見極め=片山財務相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story