コラム

朴大統領失職後の韓国と蔓延する「誤った経済思想」

2017年03月21日(火)15時30分

だが、この産業政策=開発主義は、キャッチアップの時代をすぎるとシステムが金属疲労をおこすようになる。より一段高い経済成長を目指す時にこの「韓国型一元的政府企業関係」は、システムエラーをおこし、韓国経済を停滞させてしまった。これを「開発主義のわな」(池尾和人)と呼称している。

このような「開発主義のわな」的なイメージは、現在の大統領と財閥グループの長との依存関係を、旧制度あるいは構造的問題としてとらえる世論と実に親和的である。そのため筆者は、これを「韓国版の構造改革ブーム」と見立てている。日本でも「敵対勢力」(郵政や道路公団など)を、長期停滞の原因として社会的に糾弾した小泉内閣時代を想起させるものだ。

日本の「失われた20年」と同じ現象

だが、韓国の経済的な停滞は、このような経済システム論的な「開発主義のわな」ではないと、筆者は考えている。むしろ韓国の社会が、このような構造改革をすすめても経済停滞から回復することは難しいだろう。むしろ停滞の真因から目がそらされ、さらに政治的・安全保障的なリスクも高まることで、韓国社会と経済はさらに混迷に陥るのではないか、と懸念している。

韓国経済の停滞の真因は、「開発主義のわな」という構造的なものではなく、むしろ総需要の持続的な不足にこそその原因がある。これは実は日本の「失われた20年」と同じ現象である。

韓国経済は朴槿恵政権になってから現在まで、一貫して「デフレ経済」の中にある。中央銀行である韓国銀行はインフレ目標政策を採用し、2016〜2018年の3年間の物価安定目標を年率2%に定めている。ただし、それ以前の2013〜2015年のインフレ目標は2.5〜3.5%に設定されていた。朴政権が誕生してからは、その目標域からも逸脱し、デフレが懸念される状況が続いていた。

直近のデータでは、消費者物価指数の対前年比が総合、農産物や石油関連を除外したコア消費者物価指数ともに0.3%と事実上のデフレ域に落ち込んでいる。特に朴政権の政治スキャンダルが発生してからはデフレ経済が加速化している。対して、韓国銀行の金融政策のスタンスは抑制気味であり、そのため経済成長率も大幅にダウンしている。

この韓国の事実上の非緩和スタンスのため、為替レート市場ではウォン高が進行してしまった。ウォン高の長期持続は、韓国の代表的な企業の「国際競争力」を著しく低下させてきた。韓国経済の雇用と物価のバランスをみると、韓国経済が「完全雇用」もしくは経済の安定化を維持するには、インフレ率でみると少なくとも2%台後半、できれば3%台前半を維持しているのが望ましい。

非緩和的な金融政策のスタンスと大胆な財政政策をとれなかったため、インフレ目標を達成できていなかった。政治的スキャンダルはさらに政策対応を遅らせ、韓国は本格的なデフレ経済に陥りそうである。

だが、韓国の世論、マスコミ、政策担当者には、「開発主義のわな」的な構造問題説が一大ブームである。望ましい金融政策と財政政策の採用よりも、既存のシステム叩きこそが経済を立ち直らせると信じてやまないようだ。この状況が続くかぎり、韓国経済の立ち直りは難しいだろう。だが、問題は韓国だけでとどまらない。

どれだけ政治や財閥を叩いても経済状況がよくならなければ、韓国の政治は伝統的に日本などへの政治的批判を強めてきた歴史がある。つまり世論の不満を対外にむけるのだ。今後誕生する政権次第では、そのはけ口は、日本だけではなく、米国も含まれる可能性がある。そうなればさらに朝鮮半島は周辺国も巻き込み大きく不安定化するだろう。

構造問題説という「誤った経済思想」の罪は重い。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、複数住宅を同時に「主たる住居」と申告=

ワールド

欧州委、イスラエルとの貿易協定停止を提案 ガザ侵攻

ビジネス

カナダ中銀、0.25%利下げ 政策金利は3年ぶりの

ビジネス

米一戸建て住宅着工、8月は7%減の89万戸 許可件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「アフリカでビジネスをする」の理想と現実...国際協…
  • 10
    「60代でも働き盛り」 社員の健康に資する常備型社…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story