コラム

日本銀行の「追加緩和」は官僚的な対応のきわみだ

2016年07月30日(土)19時00分

 しかし以上のような通常の金融政策と財政政策による景気刺激策(ポリシーミックス)さえも批判的にみるメディアが多いことは、決定会合をうけて開かれた記者会見の問答中で頻繁に、記者の側からそのような趣旨の質問が行われたことでもわかる。まさに異常な光景である。特に記者側の認識には、消費増税による経済低迷などは「ない」。これもまた異様である。そのような異様なメディア環境の中で、日本銀行の政策はつねに注目されていることは指摘しておきたい。いってみれば、財務省の増税主義者や日銀プロパーのような反リフレ派にとっては情報コントロールが効きやすい環境なのだ。

やらないよりはましな、まさに官僚的回答

 さて日本銀行はまさか今回、追加緩和を政府から求められることを想定していなかった、なのでこのETF買いいれ増額はその場しのぎの対応である(これからますますやる気がある)、という指摘がある。それはそうかもしれない。だが、素朴に考えて、二年ほど(2015年終わり)でインフレ目標2%を達成するはずが、いまや2017年真ん中を見込むという一年半も後倒しになっている状況がある。

 これは日本銀行の政策への信頼性・やる気(コミットメントといいかえてもいい)を毀損していることは疑いない。もちろんその主因は、消費税増税と国際環境の不確実性にあるだろう。政府は消費増税の悪影響を回避するために、今回再延期に踏み切った。当然にその認識を日銀が共有しているのならば、早期に追加緩和により積極的な対応を準備するはずだ。しかししていなかった。

 その認識の甘さが、今回のようなほとんど政策効果がないような、「追加緩和」に帰結した。やらないよりはましな、まさに政府の圧力への官僚的回答でしかない。

 いみじくも今回、総裁は公式文書で、「海外経済・国際金融市場を巡る不透明感などを背景に、物価見通しに関する不確実性が高まっている。こうした状況を踏まえ、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に実現する観点から、次回の金融政策決定会合において、「量的・質的金融緩和」・「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」のもとでの経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行うこととし、議長はその準備を執行部に指示した」と明記している。この後手を、自らみとめる姿勢にはいささか呆れてしまう。

これでは真摯な「総括的な検証」は行われない

 だがそれよりも注目すべきなのは、この「総括な検証」の指示でも、いまのインフレ目標2%達成の遅れが、消費増税などの悪影響という国内要因ではなく、あくまで国外要因の責任にしているからだ。これではいつまでたっても国内の経済低迷の原因について真摯な「総括的な検証」は行われないのではないだろうか?

 これは私見だが、このまま黒田日銀が政府とのポリシーミックスに適応不全を続けるようであるならば、日銀法の改正やまたそれに伴う幹部の一掃が要される事態になるのではないだろうか? いまの日本では財務省出身や日本銀行プロパーにこだわる人材選択、または悪しきエリート主義への信奉こそ、政策の実現を遅らせるものはない、と筆者は思ってもいる。黒田日銀にはその病理がいま集中して現れているように思えてならない。
 日銀には荒ぶるリフレ派が必要なのだ。そう確信する今回の決定会合の結果であった。

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

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