コラム

NFTは単なる投機なのか、世界を変えるツールなのか?

2021年10月28日(木)21時14分

WWWのNFT

2021年6月30日、歴史的に重要なデジタル遺産の一つであるWWWのソースコードを含むNFTが、老舗のオークションハウスであるサザビーズの単独オークションで540万ドル(約6億1,300万円)の値をつけた。このNFTには、WWWの発明者であるティム・バーナーズ=リーが書いたソースコードを含むタイムスタンプ付きのオリジナルファイル、コードをアニメーションで表現したもの、ティムがコードとその作成過程を振り返って書いた手紙、そして彼がオリジナルファイルから作成したフルコードのデジタルポスター(署名入り)の4つの要素で構成されていた。

発明から32年、世界に与えたWWWの影響に比べたら、落札価格の540万ドルは安すぎるという意見も聞かれた。デジタルコピーが容易なWWWのソースコードの真正性が、NFTによって担保され、他の芸術作品と同じ舞台で評価されたことを祝福すべきとの意見もあった。

ベルリンからの挑戦

これまでNFTがその革新的な可能性を発揮してきたのは、主にクリエイティブ産業の分野である。ファッション・ブランドが高額商品をNFTとして販売することに成功し、各地のファッション・ウィークではデジタル・ファッションが実験販売されることも増えている。一方で、アーティストやミュージシャンは主に作品の販売による利益率の向上を望んでいる。

NFTが革新的なコンセプトの中心になっているのは、クリエイティブ産業だけではない。ベルリンに拠点を置く次世代のライセンシング・ソリューションを提供するlicense.rockは、様々なイノベーション賞を受賞しており、ソフトウェア・ライセンス管理をテーマに、いわゆるライセンス・トークンを用いてデジタル製品のライセンスに革命を起こそうとしている。

4_1563471044734810074_n.jpg

次世代のライセンス・ソリューションNFTを展開するベルリンのlicence.rocksの取引画面

ベルリンの他のスタートアップ企業も、NFTプロジェクトで野心的な計画を追求している。次世代のファン・エンゲージメントを追求するFanzoneは2021年、Porsche Digitalのスピンオフとして設立された。Fanzoneは、欧州選手権(Europameisterschaft)の協力パートナーとして、ドイツ・サッカー協会(DFB)との提携を発表した。Fanzoneはブロックチェーン・ベースのデジタルトレーディングカードの購入・収集・交換を可能にし、ファンとお気に入りのチームや選手をより身近に結びつけている。

5_4377984411508017050_n.jpg

ベルリンのFanzoneは、サッカーを愛するすべての人、ファンと選手、そしてチームのエンゲージメントにNFTで革命を起こしている

アーティストの独立性の向上

アートマーケットにおいて、NFTは有望なマーケティングモデルと考えられている。アーティストにとっての大きなメリットは、自分の作品のマーケティングと販売を自分の手で行い、アートディーラーやオークションハウスの仲介業務に依存しないことだ。Web3の究極の目標であるプラットフォーム経済からの脱却は、個の経済活動の復権であり、これにより、個人の経済状況の大幅な改善に貢献することが期待されている。

NFTのデジタル作品が高額で取引されていることは、以前から知られていた。例えば、マイク・ウィンケルマン(通称ビープル)の作品「Everydays: The First 5000 Days」は、2021年3月に英国のオークションハウス「クリスティーズ」で6,900万ドル(約78億4,500万円)という驚異的な価格で落札されている。

6_561053862055_n.jpg

マイク・ウィンケルマン(通称ビープル)の作品「Everydays: The First 5000 Days」は、2021年3月に英国のオークションハウス「クリスティーズ」で6,900万ドル(約78億4,500万円)という驚異的な価格で落札された

ドイツ語圏のアートシーンでも、NFTが注目されてきた。例えば、2021年3月から4月にかけて、ドイツ初の純粋なNFT展がBark Berlin Galleryで開催され、デジタル作品のみがメタバース展示された。

7_211149267986_n.jpg

ドイツ初の純粋なNFT展がBark Berlin Galleryで開催され、デジタル作品のみがメタバース展示された

アートの世界だけでなく、ゲームや音楽配信、イベント業界でも、NFTは今後の大きなトピックとなる。一方で、NFTをベースにしたプロジェクトは無数に存在するが、それらはまだ非常に初期の段階であることが多い。ほとんどすべてのNFTプロジェクトが基盤としているイーサリアム・ネットワークの取引コストの高さや、暗号取引所やウォレットの取り扱いが比較的複雑であることが、主流市場への道のりへの主な障害となっている。したがって、ユーザーエクスペリエンスの最適化は、開発者にとって決定的な役割を果たすだろう。

NFTの将来

NFTでは、アートの盗用や盗作も問題になっている。アーティストがオンラインマーケットで自分の作品が勝手に売られているのを見つけたという話もある。NFTには、ブロックチェーン技術が極端にエネルギーを消費するという明確なデメリットもある。暗号通貨の1回の取引は、70万回のクレジットカード取引と同じくらいの電力を消費する。

一部のアート関係者は、NFTの供給過剰に直面して、大げさな期待は徐々に終わりを告げつつあると見ている。ブームが起きた当初は、一時的にNFTの販売数よりも購入希望者の方が多かった。その後、著名人によるNFTアートの氾濫により、トレンドに陰りが生じていると見ている人も多い。

しかし、NFTはまだ始まったばかりだ。DAO(分散型自律組織)などの分散型テクノロジーと同様に、ビジネスをより効率的に行う方法を提供する可能性があり、不動産、チケット発行システム、ID管理など、あらゆることに応用できるからだ。一時的にNFTバブルは終わるかもしれないが、Web3をめぐるデジタル経済の次の方向性を示唆するものであることは間違いない。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story