コラム

ドイツのデジタル・ワクチン・パスポート「CovPass」の光と影

2021年05月26日(水)17時00分

ケルン・メッセのホール4に設置されたCOVID-19ワクチン接種センター。ワクチン接種者が1対1で医師と対話することができるブースが用意されている

<ドイツでもワクチン接種が加速している。通常の日常生活を送るためのデジタル・ワクチン・パスポートも、数週間後には利用可能となる予定だが、データ保護団体からは懸念の声があがっている>

自由へのパスポート?

ドイツでは、コロナ・ワクチン接種が加速している。連邦保健省によると、直近の5月21日だけでも、797,359人分のワクチンが接種され、現在までに、ドイツの全人口の39.9%(約3,314万人)が少なくとも1回のワクチン接種を受けている。そして、全人口の13.6%におよぶ約1,134万人が完全なワクチン接種を受け、現在、1日あたり平均70万回の接種が実行されている。これは、1秒間に8人の接種を示している。

多くの人が待ち望み、通常の日常生活を送るためのデジタル・ワクチン・パスポートも、数週間後には利用可能となる予定だ。ワクチン接種を受けた人には、多くの活動の自由が与えられる。ワクチン接種の証明は、ショッピング、旅行、外食、文化イベントなどの入場券として、実質的に「自由へのチケット」となるからだ。長いロックダウンから抜け出し、経済活動を活発に行うために、ワクチン・パスポートは必須の要件となりつつある。しかし、これにはメリットとともに大きな懸念事項もある。

世界初となるEU圏内におけるデジタル・ワクチン・パスポートの導入は、6月末には開始される予定だが、偽造に対するセキュリティの問題や、個人データ保護の立場からは、多くのリスクも指摘されている。さらに、ワクチン接種者と非接種者との分断を助長させるなど、懸念される問題点も多い。

連邦政府のCovid-19に関する中央機関であるロベルト・コッホ研究所(RKI)は、スマートフォン用のデジタル・ワクチン接種証明書となる「CovPass」アプリが、近く利用できるようになると発表した。コロナ・ワクチン接種の証明は、人々の自由な活動の制限を解除する鍵となると期待されており、6月中には、CovPassがドイツで発行され、その後すぐにEU全体で実施される予定である。

takemura20210526_1.jpg

ドイツで6月中には利用可能となるCovPassは、ワクチン接種のデジタル証明を可能にする。画像:Robert Koch Institute

EUはデジタル・ワクチン・パスポートの普及を加速させている。それは長期化したロックダウンによって、EU市民の自由が制限され続けてきたことへの応答であり、何より経済活動の再開への期待である。ワクチン接種を証明し、感染症を克服したことの証明、または現在の検査結果が陰性であること、そのすべてがグリーンであれば、証明書は有効である。

2021年3月、欧州委員会の提案を受け、そのわずか1ヵ月後にはEU加盟国が「デジタル・グリーン認証」の技術仕様に合意した。EUがグリーン認証と呼ぶワクチン・パスポートは、5月10日には試験運用を開始し、6月にはドイツだけでなく、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、オーストリアなどの国で、誰でもアプリを使えるようになる予定だ。

デジタル・ワクチン・パスポートの仕組み

デジタル・ワクチン・パスポートは、いくつかのステップで機能する。まず、ワクチン接種時に、認定機関が「証明書生成アプリ」を介して、証明書サーバーにQRコード形式の証明書と、関連するセキュリティ・キー(公開鍵)の個別識別子を要求する。証明書には、ワクチンを接種された人の氏名、生年月日、証明書の発行日、予防接種データ(使用したワクチンの種類、日付)が記載される。

takemura20210526_2.jpg

COVID-19ワクチン接種の2回接種の証拠を含む紙のワクチン接種証明書。エアランゲンのワクチンセンターで、mRNAワクチン「トジナメラン:Tozinameran」と呼ぶ抗体療法製剤の2回の予防接種の記載がある。©Superikonoskop CC BY-SA 4.0

ワクチン接種だけでなく、感染からの健康回復が確認されたことや検査結果を記録することもできる。個人情報は中央サーバーには保存されず、認証機関は証明書とそれに対応する公開鍵を発行するだけだ。

次は接種者のスマホへの保存である。証明書は、スマホ内の専用ウォレット・アプリ(iOSおよびAndroidで利用可能)に保存され、この機能は、コロナ警告アプリなど他のアプリに統合することも可能だ。ちなみに、EUの「デジタル・グリーン認証」は、紙の証明書もあり、CovPassをプリントアウトして携帯することも可能だ。これはアプリと同じように使える。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 9
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story