コラム

ベルリンで考えるパンデミック後のオフィスと仕事の未来

2020年06月23日(火)16時00分

1880年代からの高層オフィスビルの夢の終焉か

19世紀にオフィスが生まれた時のことを、ベルリン生まれの哲学者であるヴァルター・ベンヤミンは、個人にとって「初めて生活空間が職場と対照的になった」と指摘した。オフィスは、どこからともなく現れたわけではない。それは由緒ある聖域に由来していた。欧州のオフィスは「僧侶」がその生みの親だった。修道院の文書室では、何人かの僧侶が定期的に執筆に従事していた。"ラ・ブレ"(La bure)とはフランス語で、僧侶たちが羽織る布を意味していた。僧侶たちは羊皮紙を保護するために、原稿を書いていた木板の上にもこの布を張っていた。その後、この言葉は「ビューロー(bureau)」、すなわち机となり、徐々にこの言葉は机がある事務所の意味で使用されるようになった。

公証人や商人、公務員も、近代以前からオフィス(Büro)で働いていたが、それらは数としても少なく、目立たない場所だった。オフィスが世間の目に触れるようになったのは、19世紀の終わりになってからである。オフィスの誕生は、好景気の時期と重なり、大きな変化の過程を経て生まれた。工業化と資本化の進展、新しい発明の継続的な導入、世界的な貿易ネットワークの構築により、経営管理の必要性はますます高まっていた。銀行や保険会社は成長し、新興の百貨店や商社と同様に、オフィスは常に人材に依存していた。従業員の数が飛躍的に増え、忙しい人たちはどこかに座る必要があったのだ。

オフィス・イノベーションが盛んなアメリカでは、1880年代に初の高層オフィスビルがそびえ立った。その建築工法やリフトなどの新しい技術や設備は、都市の話題を独占し、誰もが近代との接点を感じていた。朝はスーツ姿で出社し、夕方にはきれいな手で退社するこの場所に、人々は誇らしげに通っていた。

しかし、夢のオフィスの成功は長くは続かなかった。1960年代、ドイツ人経営者の間には、オフィスを管理することは、従業員の「より大きな行動規律」につながり、彼らの服装から勤怠に至るまで、すべてを管理できることへの満足が広がった。建築家のエリザベート・ペレグリン=ゲネルが、その著書『ビューロー』の中で書いているように、オフィスで働く人々を支配し、監視する時代が始まっていった。

これからのオフィスは既知の境界線を押し広げる

今日、オフィスの消滅を嘆くとすれば、それはオープンスペースに設置された、あるデバイスの影響によるものだった。ドイツで生まれ、後に米国から世界に普及したコンピュータと、ベルリンの壁崩壊と同時に世界化されていくインターネットが、オフィスが作り上げたさまざまな「壁」を徐々に取り払い、働く人々の解放を進行させてきたのだ。もちろん、オフィスにはリアルに対面する人間の社交の重要性など、その有用性も再認識されている。しかし多くのオフィスが、今、死を向かえつつあるとすれば、私たちはその運命に気づいていなかった。

私たちは今、古き良きオフィスが天高くそびえ立ち、デジタルの「クラウド」上に浮いていて、彷徨っていることを知った。未来のオフィスは、今のホームオフィスがそうであるように、かつて私たちが知っていた境界線を押し広げるかもしれない。一つ確かなことは、オフィスは物理的な空間として、あるいは新しいホームオフィスの一部として、私たちの生活の一部であり続けるだろう。

私たちは今、生活空間と職場の一体化を経験し、家のキッチン・テーブルにラップトップ・パソコンを置いて座っている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

政府、総合経済対策を閣議決定 事業規模39兆円

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ビジネス

アングル:日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心

ビジネス

三菱UFJ銀、貸金庫担当の元行員が十数億円の顧客資
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story