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習近平も演説で引用...トンデモ論文が次々生まれるほど、諸葛亮が中国で一目置かれている理由とは?

2024年10月5日(土)10時00分
安田峰俊(紀実作家・立命館大学人文科学研究所客員協力研究員)

最初に引用されたのは、2014年9月ごろの演説だったとされるが、この引用句はその後も党大会が開かれる年(2017年や2022年)ごとに『人民日報』などでしばしば取り上げられ、習政権を象徴する言葉の一つとなっている。

近年、習近平は「我将無我不負人民」(意訳:私は私心をもたず人民に背かない)というスローガンをプロパガンダに用いるようになったが、この言葉とセットで引用されるケースも多いようだ。


 

「孔明の南蛮行」がポジティブに解釈される理由

中国において、歴史は単なる過去の出来事ではなく、現代の政治的な問題を肯定したり否定したりする材料として活用する対象だ。こんにちの価値観をもとに、数百年以上も昔の人物の言動を論じる行為はナンセンスに思えるが、中国はそれを非常に好む国である。

たとえば諸葛亮の場合、近年の中国では「南征」をポジティブに論じることが増えた。 南征とはすなわち、劉備の病没後に益州(現在の四川省)南部で起きた反乱に対して、諸葛亮が自ら軍を率いて出兵し、そのまま南中(現在の雲南省・貴州省)方面まで遠征した出来事である。

横山光輝『三国志』のいう「孔明の南蛮行」だ。南中の平定後、諸葛亮は現地に6つの郡を置いたが、蜀の本国から行政官を送らず現地の有力者を行政のトップに据え、情勢の安定を図った。 当時、中国西南部にいた異民族は西南夷(せいなんい)と呼ばれた。現代中国の民族識別工作でいう、ペー族やミャオ族、ナシ族などの祖先の一部である。

彼らのなかには、諸葛亮の南征を通じて蜀に服属し、漢民族の文化を受容した人たちがいた。現在でも雲南省の少数民族には、諸葛亮に関連した説話や習慣を(後世に創作されたものを含めて)伝えている事例が多い。 では、なぜ現代中国で諸葛亮の南征が肯定的に捉えられているのか。

理由は、諸葛亮が辺境における少数民族の統治政策において成功を収め、国家の統一や中華民族の文化の拡大に貢献したから......である。

事実、一触即発の少数民族問題が報じられるチベット族やウイグル族とは異なり、かつて西南夷と呼ばれた中国西南部の諸民族は、「少数民族」とはいえ中国国家の一員(中国人)であるという自己認識が強く、分離独立運動とも無縁である。

これは彼らが長年にわたり漢民族の社会と接触し続けた歴史を持つためだが、その最初のきっかけの一つが、諸葛亮の南征だったのだ。 そのため、特に2013年の習近平政権の成立以降、西南地域の少数民族と諸葛亮の関係をポジティブに論じる言説が増えた。

インターネットで「中華民族共同体」や「大一統(ダーイートン)」(=一つの中央政権のもとで中国が統一された状態)といった特有の単語と諸葛亮の名前を組み合わせて検索すると、政治的な色彩が強い新聞記事や学術論文をいくつも拾うことができる。

たとえば、四川省の名門校である成都大学の副教授(准教授)・劉詠涛(リュウヨンタオ)が2014年に発表した論文は、諸葛亮の南征について「中国西南部の各民族を、中国の全国人民と共通した自己認識を持つ中華民族共同体へと変えることを推し進めた」と評価している。

さらに彼いわく「諸葛亮の南中経営とその影響、および南中人民の諸葛亮に対する崇拝」は、「中国西南部辺境の各族人民の祖国と中華民族と中華文化に対する共感の自己認識を集中的に体現している」とのことだ。

3世紀の中国西南部の異民族を「南中人民」「中華民族共同体」と呼ぶことは、日本はもちろん、中国のまともな歴史研究者の常識に照らしても違和感が大きい。同時代の日本列島の住人を「邪馬台国人民」「大和民族共同体」と呼ぶようなものだからだ。

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