最新記事
気候変動

そもそも「パリ協定」って何?...知っておきたい、世界共通の「2度目標」と「1.5度目標」

2024年9月4日(水)11時10分
池上 彰(ジャーナリスト)

しかし協定という形であれば、アメリカ議会の承認を得ずに、大統領権限で協定を結ぶことができます。このときのアメリカ大統領は民主党のバラク・オバマでした。二酸化炭素排出量世界第2位のアメリカが参加しないものでは意味がないので、アメリカのためにもパリ議定書ではなく「パリ協定」とすることになりました。

しかしパリ協定採択の翌2016年にはアメリカ大統領選が控えており、共和党から大統領が誕生するかもしれない、そうするとパリ協定からアメリカが離脱をするかもしれないという懸念がありました。


 

そこであらかじめ、アメリカが簡単に離脱できないような仕掛けが作られました。パリ協定は、発効後3年間は離脱を通告できないという決まりにしたのです。さらに離脱通告後も、実際に正式離脱をするのは、通告の受領からさらに1年後になるという形としました。

つまりオバマ大統領の後、もし温室効果ガス削減に反対する共和党の大統領が誕生したとしても、実際に離脱ができるのは4年後という形にしたのです。4年後には、再びアメリカ大統領選が行われるからです。

そして16年アメリカ大統領選では、民主党候補のヒラリー・クリントンが敗れて共和党候補のトランプが勝利するという、オバマが恐れていたことが起き、実際にトランプは大統領就任後にパリ協定からの離脱を宣言しました。

しかしその後20年の大統領選では民主党のバイデンが勝利し、21年1月の大統領就任直後に、パリ協定への復帰を果たしたのです。

アメリカ国民は、共和党支持者と民主党支持者とで、気候変動対策への意見がはっきりと分かれています。

民主党支持者が多いカリフォルニア州では、州内で販売する新車を35年までにすべて排ガスゼロ車(ゼロエミッション車、ZEV)にすることを自動車メーカーに義務づける知事令が発令されています。ガソリン車から電気自動車に転換しようという政策が進んでいるのです。

しかし炭鉱労働者や自動車産業で働いている人たちは、気候変動対策が進むことで自分たちの仕事が奪われると感じていて、共和党支持へと回っています。16年のアメリカ大統領選でトランプが勝利したのも、ヒラリーがこれから気候変動対策を取り、石炭の発掘を全部やめると発言したことが一因となっています。

この発言を受けてトランプはペンシルベニア州の炭鉱労働者のところに行き、俺が大統領になったら、お前たちの仕事をなくすことはしない、これからもどんどん石炭を掘れ、地球温暖化なんか噓だとアピールしました。これによってペンシルベニアの労働者たちがトランプに票を入れたというわけです。

民主党が気候変動対策を進めようとすると、それに対する反発で、共和党の大統領候補が当選する確率が高くなってしまう。これが今のアメリカの抱えるジレンマです。


池上彰(イケガミアキラ)
1950年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道記者としてさまざまな事件、災害、消費者・教育問題などを担当。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながらテレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰が大切にしているタテの想像力とヨコの想像力』(講談社)『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』(主婦の友社)など著書多数。


newsweekjp_20240828081853.png

池上彰の未来予測 After 2040
 池上 彰[著]
 主婦の友社[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷主は「

ワールド

UBS資産運用部門、防衛企業向け投資を一部解禁

ワールド

米関税措置の詳細精査し必要な対応取る=加藤財務相

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中