そもそも「パリ協定」って何?...知っておきたい、世界共通の「2度目標」と「1.5度目標」
しかし協定という形であれば、アメリカ議会の承認を得ずに、大統領権限で協定を結ぶことができます。このときのアメリカ大統領は民主党のバラク・オバマでした。二酸化炭素排出量世界第2位のアメリカが参加しないものでは意味がないので、アメリカのためにもパリ議定書ではなく「パリ協定」とすることになりました。
しかしパリ協定採択の翌2016年にはアメリカ大統領選が控えており、共和党から大統領が誕生するかもしれない、そうするとパリ協定からアメリカが離脱をするかもしれないという懸念がありました。
そこであらかじめ、アメリカが簡単に離脱できないような仕掛けが作られました。パリ協定は、発効後3年間は離脱を通告できないという決まりにしたのです。さらに離脱通告後も、実際に正式離脱をするのは、通告の受領からさらに1年後になるという形としました。
つまりオバマ大統領の後、もし温室効果ガス削減に反対する共和党の大統領が誕生したとしても、実際に離脱ができるのは4年後という形にしたのです。4年後には、再びアメリカ大統領選が行われるからです。
そして16年アメリカ大統領選では、民主党候補のヒラリー・クリントンが敗れて共和党候補のトランプが勝利するという、オバマが恐れていたことが起き、実際にトランプは大統領就任後にパリ協定からの離脱を宣言しました。
しかしその後20年の大統領選では民主党のバイデンが勝利し、21年1月の大統領就任直後に、パリ協定への復帰を果たしたのです。
アメリカ国民は、共和党支持者と民主党支持者とで、気候変動対策への意見がはっきりと分かれています。
民主党支持者が多いカリフォルニア州では、州内で販売する新車を35年までにすべて排ガスゼロ車(ゼロエミッション車、ZEV)にすることを自動車メーカーに義務づける知事令が発令されています。ガソリン車から電気自動車に転換しようという政策が進んでいるのです。
しかし炭鉱労働者や自動車産業で働いている人たちは、気候変動対策が進むことで自分たちの仕事が奪われると感じていて、共和党支持へと回っています。16年のアメリカ大統領選でトランプが勝利したのも、ヒラリーがこれから気候変動対策を取り、石炭の発掘を全部やめると発言したことが一因となっています。
この発言を受けてトランプはペンシルベニア州の炭鉱労働者のところに行き、俺が大統領になったら、お前たちの仕事をなくすことはしない、これからもどんどん石炭を掘れ、地球温暖化なんか噓だとアピールしました。これによってペンシルベニアの労働者たちがトランプに票を入れたというわけです。
民主党が気候変動対策を進めようとすると、それに対する反発で、共和党の大統領候補が当選する確率が高くなってしまう。これが今のアメリカの抱えるジレンマです。
池上彰(イケガミアキラ)
1950年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道記者としてさまざまな事件、災害、消費者・教育問題などを担当。1994年からは11年にわたりニュース番組のキャスターとして「週刊こどもニュース」に出演。2005年よりフリーのジャーナリストとして執筆活動を続けながらテレビ番組などでニュースをわかりやすく解説し、幅広い人気を得ている。また、5つの大学で教鞭をとる。『池上彰が大切にしているタテの想像力とヨコの想像力』(講談社)『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』(主婦の友社)など著書多数。
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