最新記事
アカデミー賞

「原爆の父」オッペンハイマーの伝記映画が、現代のアメリカに突き付ける原爆の記憶と核の現実

“OPPENHEIMER”: THE MAN AND THE BOMB

2024年4月22日(月)17時20分
キャロル・グラック(コロンビア大学名誉教授〔歴史学〕)

newsweekjp_20240418045157.jpg

映画『オッペンハイマー』のシーンから、アインシュタインと ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

原爆のもたらした痛ましい現実を世間が知ることになったのは、ジャーナリストのジョン・ハーシーが被爆者を追った46年発表の生々しいルポルタージュ『ヒロシマ』(邦訳・法政大学出版局)のおかげだ。

だが翌47年には、スティムソンがハーパーズ誌への寄稿「原爆投下の決定」で、原爆の投下は100万人のアメリカ人の命を救ったという政府の見解を再び主張した(ちなみに100万人という数字に根拠はなかった)。

こうして、アメリカ人の原爆の記憶を支配するストーリーが確立された。それは終戦50周年を迎えた95年も健在だった。

このときワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館は、広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」を展示することを計画したが、そこに被爆者や戦後の核軍拡競争への言及は一切なかった。

また、終戦50周年の記念切手の図案には、きのこ雲のイラストの下に「原爆は戦争の終結を早めた」と書かれていた。昔ながらの原爆の説明から、賛否両論の相反的な要素はすっかりなくなったかのように見えた。

映画『オッペンハイマー』にも、この単純化された説明が垣間見られる。日本の被爆者のことも、トリニティ実験や戦後のマーシャル諸島やネバダ州などでの核実験で被曝した人たちのことにも全く触れていない。

それでもノーランは、道徳的な批判を加えたいと考えて、それをオッペンハイマーのキャラクターに詰め込んだ。

映画の終盤で、オッペンハイマーはアルバート・アインシュタインと架空の会話を交わし、「原子爆弾の爆発により生じる連鎖反応は、世界全体を破壊させる恐れ」に改めて言及する。「われわれは破壊した」が、映画における彼の最後の言葉だ。

世論調査によると、原爆投下に対するアメリカ人の意識は、ゆっくりとだが変わってきた。45年8月の時点では、85%がその決定を支持したが、2015年は57%、18~29歳では47%だった。依然として高い水準だが下落傾向にあるのは間違いない。

核戦争の瀬戸際にある世界で

今や放射能の影響や被爆者の苦しみはアメリカの大衆にも知られており、映画の中でオッペンハイマーが、皮膚が垂れ下がった被爆者の姿や、黒焦げの死体を踏み付ける自分の姿を思い描くシーンの意味を理解できるだろう。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ミネソタ州知事と協議 地裁は移民摘発停

ワールド

イスラエル、ガザ最後の人質の遺体収容 ラファ検問所

ワールド

EU、米メタに有害投稿対策強化促す 「ワッツアップ

ビジネス

USAレアアース株、一時26%上昇 米政府の16億
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 7
    中国、軍高官2人を重大な規律違反などで調査...人民…
  • 8
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    老化の9割は自分で防げる...糖質と結び付く老化物質…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中