最新記事
アカデミー賞

「原爆の父」オッペンハイマーの伝記映画が、現代のアメリカに突き付ける原爆の記憶と核の現実

“OPPENHEIMER”: THE MAN AND THE BOMB

2024年4月22日(月)17時20分
キャロル・グラック(コロンビア大学名誉教授〔歴史学〕)

newsweekjp_20240418045059.jpg

映画『オッペンハイマー』、グローブスとオッペンハイマー ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

もう1つの物語──原子爆弾の伝記映画──は、実際は映画が示唆する以上に複雑だった。こちらの主役である科学者たちは、原爆を製造するための知的および技術的な専門知識を提供した。

ただし、当時は戦時中であり、マンハッタン計画の責任者だったレズリー・グローブス将軍ら軍部の目的はただ一つ、実用可能な最新技術である原爆で戦争に勝つことだった。

そして、ワシントンの政治家たちもまた、日本の降伏の先にある戦後の原爆の使用も見据えていた。ヘンリー・スティムソン陸軍長官の言葉を借りれば、ソ連に対する外交では原爆が「切り札」だ。

映画では、セキュリティーのために内部のコミュニケーションを制限する科学的任務の「区分化」に何回も触れている。

しかし、現実にはそれよりはるかに大規模で重大な「区分化」があった。科学者と軍部と政治家がそれぞれ自分の領域で活動し、彼らのほぼ全員が、核戦争が人類にもたらす恐ろしい結果について無知だった。

関係者がサングラスをかけてトリニティ実験の爆発を見守る場面は象徴的だ──まるで核爆発がもたらす危険は、まぶしい光だけであるかのように。

newsweekjp_20240418044709.jpg

広島に投下された原爆の写真をマンハッタン計画関係者に見せるオッペンハイマー(1940年代) BETTMANN/GETTY IMAGES

アメリカ人の「原爆の記憶」

映画の中でオッペンハイマーは、広島と長崎への原爆投下後、道徳的な懸念にさいなまれ、核兵器の国際管理を支持するようになったと描かれている。

だが実際には、45年のオッペンハイマーの態度は相反していた。核爆弾を「悪事」だと語ったときもあれば、「なさねばならなかった」と語ったときもあった。

原爆が広島と長崎に投下されたことで、10月に「私の手は血塗られた」とトルーマンに語ったが、5月には日本への投下に反対はしていなかった。

死去する2年前の65年には、「私たちは極めて明白な結果を予想しないものだ」と語り、「ロスアラモスでの原爆(開発)は、その最たるものだった」と述べている。

原爆投下の決定に深く関わった人たちの道徳的・知的反応もまた、「極めて明白な結果」を予期していなかった。

それでもマンハッタン計画に携わった物理学者のイジドール・ラビやレオ・シラードなどの科学者は、日本への原爆投下に反対したし、投下後は動揺を示した(第2次大戦で米極東陸軍司令官を務めたダグラス・マッカーサーは原爆を「フランケンシュタイン的な怪物」と考えていたとの記録がある)。

核戦争の真のおぞましさが明らかになるにつれて、アメリカの政府と軍は、爆風やキノコ雲、そして広島と長崎の破壊の報道を容認する一方で、放射能に関する報道は全力で検閲し、抑え込もうとした(放射能の問題に注目が集まり、アメリカは化学兵器を使ったという批判が起こることを懸念する声もあった)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷主は「

ワールド

UBS資産運用部門、防衛企業向け投資を一部解禁

ワールド

米関税措置の詳細精査し必要な対応取る=加藤財務相

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中