最新記事
アカデミー賞

「原爆の父」オッペンハイマーの伝記映画が、現代のアメリカに突き付ける原爆の記憶と核の現実

“OPPENHEIMER”: THE MAN AND THE BOMB

2024年4月22日(月)17時20分
キャロル・グラック(コロンビア大学名誉教授〔歴史学〕)

newsweekjp_20240418044638.jpg

スミソニアン博物館に展示されるのを待つB29爆撃機「エノラ・ゲイ」(1995年) REUTERS

スミソニアン博物館も26年までに、「第2次世界大戦の空中戦」という新しい展示を開く予定で、広島と長崎の写真を含める計画だ。ひょっとすると、日本人の戦争経験への言及もあるかもしれない。

博物館の趣旨からいって、航空機に焦点が当てられるのは確実だが(従って爆撃された人よりも、爆撃した側の視点になる)、国立博物館という政治的・公的な性格を考えると、1995年当時よりもましな展示になるかもしれない。

核兵器をめぐる道義心と認識、そして現実は、それぞれ別のものだ。少なくともアメリカではそうらしい。

現在、ロシアはウクライナで戦術核兵器を使用する可能性をちらつかせているし、アメリカは5日ごとに10億ドルの投資ペースで核備蓄の近代化を図っている。

世界には1万2000発の核弾頭があり(その大部分はロシアとアメリカが保有している)、1970~2010年代の核軍縮合意や条約は全て放棄されたか、ストップしている。

今や人類の滅亡を象徴的に示唆する「終末時計」の針は、残り90秒に設定され、1947年の設置以来「世界の破滅に最も近い」状況にある。

ニューヨーク・タイムズ紙の最近の連載「瀬戸際」は、「核戦争は想像できないと言われてきたが、現在は十分に想像されていない」と警告した。核戦争の脅威が常態化して、私たちは居心地が良くなってしまったかのようだ。

ノーランのZ世代の息子のように、アメリカの若者は核戦争よりも気候変動の脅威について心配しているし、それよりも上の世代はAI(人工知能)のもたらす脅威で頭がいっぱいだ。

映画『オッペンハイマー』が、アメリカでどのくらい核に対する意識を高めたのか、たとえ高めたとしても、それがいつまで続くのかは分からない。

映画の導入部では、オッペンハイマーを「アメリカン・プロメテウス」になぞらえる言葉が表示される。ギリシャ神話に登場する男神プロメテウスは、神々から火を盗んで人間に与えたが故に、永久的に拷問を受けることになる。

人間が制御できないテクノロジーを生み出したことで、私たちは「プロメテウスの乖離(結果をきちんと想像できない状態)」に陥ったと、戦後ヨーロッパのある哲学者は語った。またある者は「船を発明すれば、難破船も発明することになる」と警告した。

これこそが、私たちが映画『オッペンハイマー』から得られるメッセージなのかもしれない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北・東欧8カ国首脳、EUの防衛強化訴え ロシアは「

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案拒否の公算 17日

ビジネス

FRBの追加利下げ、インフレリスク高める可能性=ア

ワールド

トランプ氏支持率39%に低下、経済政策への不満広が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中