ついに「国民総幸福量」からの卒業を決意したブータン...悩みの背後にある、経済と地政学の変化とは
Big Changes Ahead
ここにきてブータンがWTOに対する考え方を変えた要因の1つは、2023年末に後発開発途上国を「卒業」したことだ。
後発開発途上国からの卒業は国連がいくつかの経済指標に基づいて決定し、WTO内でも一部の特権や優遇措置を失うことになる。WTOに加盟する前に後発開発途上国を卒業すると、特定の特恵制度の延長を求める資格を失うかもしれないが、WTOは後発開発途上国に対して特別に寛大な加盟ガイドラインを定めている。ブータンとしては卒業前に加盟交渉を本格化させておきたかっただろう。
後発開発途上国を卒業したブータンは外国からの援助を受けにくくなるが、それでも自立する努力を続ける必要があると専門家は指摘する。新型コロナウイルスのパンデミック対策として世界銀行から3500万ドル(約52億円)の支援を得た際にも、ブータンの現在の開発水準が考慮された。自立の必要性は明らかだ。
一方で、今回のパンデミックは、ブータンの人口の7分の1以上を雇用し主要な外貨獲得源となっている観光産業に、深刻な打撃を与えた。こうしたなかで、政府が対外直接投資を促進する手段としてWTO加盟を強調したことは重要であり、次期政権の優先事項でもある。
ブータン政府がWTO加盟に傾いたことは、GNHについて妥協を受け入れたことを示唆しているとも言えるだろう。GDPより幸福度を重視することに、ブータン国内でうんざりした気分が高まっているという見方もある。
1つには、GNHの計算方法は冗長でコストがかかる。政府は回答者に1日分の賃金を補償し、300件近い質問項目の回答を処理しなければならない。さらに、幸福度を重視しても、所得格差の深刻化や若者の失業率の高止まり、人口流出などの問題に対処できているようには見えない。
インドと中国の狭間で
GNHを手放すことは重大な変化だが、面目を保つ方法なら不可能ではない。GNHを提唱したのは第4代のジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王で、1972年にGDPより重要な指標であると明言した。2008年にはブータンで初めて民主的に選出された政権がGNHの理念を憲法に明記し、政策や予算の指針とされてきた。
しかし、現在の国王はGNHの理念をそこまで声高に支持してはいない。次期政権で首相に返り咲くツェリン・トブゲイは(最初に首相を務めた)13年に、もっと「具体的な目標」を重視したいと語っている。