最新記事
貿易

ついに「国民総幸福量」からの卒業を決意したブータン...悩みの背後にある、経済と地政学の変化とは

Big Changes Ahead

2024年2月2日(金)18時50分
ラディスワフ・チャロウズ(ヨーロピアン・バリューズ安全保障政策センター元アナリスト)

ここにきてブータンがWTOに対する考え方を変えた要因の1つは、2023年末に後発開発途上国を「卒業」したことだ。

後発開発途上国からの卒業は国連がいくつかの経済指標に基づいて決定し、WTO内でも一部の特権や優遇措置を失うことになる。WTOに加盟する前に後発開発途上国を卒業すると、特定の特恵制度の延長を求める資格を失うかもしれないが、WTOは後発開発途上国に対して特別に寛大な加盟ガイドラインを定めている。ブータンとしては卒業前に加盟交渉を本格化させておきたかっただろう。

後発開発途上国を卒業したブータンは外国からの援助を受けにくくなるが、それでも自立する努力を続ける必要があると専門家は指摘する。新型コロナウイルスのパンデミック対策として世界銀行から3500万ドル(約52億円)の支援を得た際にも、ブータンの現在の開発水準が考慮された。自立の必要性は明らかだ。

一方で、今回のパンデミックは、ブータンの人口の7分の1以上を雇用し主要な外貨獲得源となっている観光産業に、深刻な打撃を与えた。こうしたなかで、政府が対外直接投資を促進する手段としてWTO加盟を強調したことは重要であり、次期政権の優先事項でもある。

ブータン政府がWTO加盟に傾いたことは、GNHについて妥協を受け入れたことを示唆しているとも言えるだろう。GDPより幸福度を重視することに、ブータン国内でうんざりした気分が高まっているという見方もある。

1つには、GNHの計算方法は冗長でコストがかかる。政府は回答者に1日分の賃金を補償し、300件近い質問項目の回答を処理しなければならない。さらに、幸福度を重視しても、所得格差の深刻化や若者の失業率の高止まり、人口流出などの問題に対処できているようには見えない。

インドと中国の狭間で

GNHを手放すことは重大な変化だが、面目を保つ方法なら不可能ではない。GNHを提唱したのは第4代のジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王で、1972年にGDPより重要な指標であると明言した。2008年にはブータンで初めて民主的に選出された政権がGNHの理念を憲法に明記し、政策や予算の指針とされてきた。

しかし、現在の国王はGNHの理念をそこまで声高に支持してはいない。次期政権で首相に返り咲くツェリン・トブゲイは(最初に首相を務めた)13年に、もっと「具体的な目標」を重視したいと語っている。

社会的価値創造
「子どもの体験格差」解消を目指して──SMBCグループが推進する、従来の金融ビジネスに留まらない取り組み「シャカカチ」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ

ワールド

南ア中銀、0.25%利下げ決定 世界経済厳しく見通

ワールド

米、ICCのイスラエル首相らへの逮捕状を「根本的に

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中