ついに「国民総幸福量」からの卒業を決意したブータン...悩みの背後にある、経済と地政学の変化とは
Big Changes Ahead
総選挙で5年ぶりに政権交代が実現したが新政府の前に深刻な経済問題が立ちはだかる(1月9日、南東部の町デワタンで投票所に並ぶ住民) AP/AFLO
<後発開発途上国からの卒業とWTO加盟申請で、「国民総幸福量」からの脱却を迫られる「世界一幸せな国」に決断の時>
GDPを国民総幸福量(GNH)に置き換えた仏教王国ブータン。「外の世界」との融合をためらい続ける山奥の王国は四半世紀にわたり、WTO(世界貿易機関)への加盟をめぐって揺れ動いている。
ブータンが初めてWTOに加盟を申請したのは1999年だが、政府高官らの間でも意見が衝突し、当初の熱意は薄れていった。賛成派は貿易自由化がもたらす潜在的利益を挙げ、反対派はWTOのルールがブータンの幸福度指数と調和しないと懸念した。
しかし、ついに前進したようだ。昨年4月にカルマ・ドルジ産業・商業・雇用相は、政府がWTO加盟を承認し、すぐにも正式な申請手続きを開始すると発表した。
そして、WTOの協定に適合した国内制度の整備などが不十分であるとして、例えば農業や食品および医薬品規制の水準を引き上げるための研究施設などに5年間で1億ニュルタム(約1億8000万円)を投じると表明。貿易の増加を見込んでブータンへのアクセスを高めるために、道路や鉄道と港湾をつなぐドライポートや水路などインフラの建設も進めるという。
今年1月の総選挙で野党が勝利して政権交代は確実となったが、WTO加盟の方針を転換することはなさそうだ。政権を奪取した国民民主党(PDP)も躍進した新党の縁起党(BTP)も、選挙戦では経済の暗い見通しに焦点を当てた。
世界銀行によると、過去5年間のブータンのGDP成長率は平均1.7%。若者の失業が急増して大量の「国外脱出」が問題になっている。WTO加盟はPDPの選挙公約であるGDPの倍増、海外直接投資率の倍増、数千人規模の新規雇用創出を実現する手段の1つになるかもしれない。
ブータンの政治において決定的な発言力を持つジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王も、加盟交渉の再活性化に重要な役割を果たしたはずだ。
幸せ指数の理想と現実
ブータンの遅ればせながらの決断は、WTOからも歓迎されている。昨年7月には押川舞香WTO加盟部長が首都ティンプーを訪れ、ブータン側の交渉責任者と行動計画などについて協議した。
ただ、すぐにも加盟できるという期待は肩透かしだったようだ。東ティモールやコモロなど近い将来にWTO加盟が見込まれている国々も、ウズベキスタンやアゼルバイジャンなど加盟待ちリストのより下位の国々も、何年も前から積極的な加盟交渉を行っている。