最新記事
能登半島地震

少子高齢化の「漆器の里」を襲った非情な災害――過酷すぎる輪島のリアルから見えるもの

HOME WITH DESPAIR

2024年1月26日(金)15時30分
小暮聡子(本誌記者)

MUKAISHIZUE.jpg

井戸水を近所に配る向静枝。倒壊は免れたが自宅には「危険」の赤紙が KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN

彼女は地震後、ぜんそく持ちの母をなんとか連れ出し、滑りやすい瓦とガラスの上を踏み締め道路に出た。しかし車がないと、母を連れて避難所まではとても逃げられない。通りがかりの車に乗せてもらってなんとか避難することができた。

今いる避難所は衛生環境も良くないが、彼女は金沢には避難しない。家も心配だし、高齢の母もいる。輪島出身の夫と能登町出身の自分は、金沢をよく知らない。あんな状態でも家の中には大切なものが残っている。そう語る彼女に、通りすがりの近所の人は「どろぼう出てるって聞いたから気を付けて」と呼びかけた。


助け合う在宅避難者たちの今

車があるかどうかは、避難者の生活を大きく分ける。給水車から水の配給があっても、車がなければ何度も取りには行けない。

県立輪島高校近くのドラッグストア、ゲンキー河井店は1月2日から営業し、天井が一部剝がれ落ちながらも青果物や薬、弁当などをそろえて営業を続けていた。だが、車を失った人は買い物に行くことも難しい。

そんな今、住人たちは声をかけ合いながら、情報を共有しながら、助け合って生活している。14年前に建てた自宅が倒壊を免れ、夫と息子と在宅避難を続ける向(むかい)静枝(74)は、庭から出る井戸水を焼酎の大容量ペットボトルに入れて近所に配っている。

「やっと分かったわ、水のありがたさが。薬飲むのにも水がいる。ここに越してきたとき、パーマ屋さんの先生がここ井戸あるけど、粗末にせんとけって。猫が来たら落ちりゃ悪いもんで、父ちゃんとふたを買ってきてすぐにのせて、ずっと守っとった。こんなときに役に立ってん」と向は言う。

向家の井戸水は飲むことはできないが、トイレを流すのに使える。近所で在宅避難している住人宅にも配り、一つ下の世代のこの住人からは、あそこの給水車は昼には水がなくなる等の細かい情報をいろいろと教えてもらっている。高齢者は情報弱者になりやすく、情報を積極的に取りに行ける世代の助けはありがたい。

向は19歳で嫁いでから65歳まで土木関係で働き、07年の地震の2年後に輪島市高洲山の麓にあった以前の自宅が裏山の土砂崩れでつぶれ、元の場所に建てるのが恐ろしくてこの地に引っ越してきたという。そしてまた被災。

「こんでいいっちゅうことはねえけど、死ぬまでがんばらなね。そうやろ、たくさん亡くなった人、けがした人おるけど、おらぁぴんぴんしとる、五体満足や。これから、まだまだ続くもんね。またがんばる。負けとられん」。向はそう言い、目からほろほろと涙を流しながら顔を上げた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、和平合意後も軍隊と安全保障の「保証」必

ビジネス

欧州外為市場=ドル週間で4カ月ぶり大幅安へ、米利下

ビジネス

ECB、利下げ急がず 緩和終了との主張も=10月理

ワールド

米ウ協議の和平案、合意の基礎も ウ軍撤退なければ戦
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中