「戦闘に勝って戦争に負ける」民間人の犠牲拡大に米政府が戦争遂行への3つの疑問をイスラエルに提起

HOW MANY IS TOO MANY?

2024年1月15日(月)11時35分
ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元米陸軍情報分析官)

米政府が感じた居心地の悪さ

流れが変わったのは10月17日の晩だ。午後6時59分、ガザ市にあるアル・アハリ病院の駐車場で爆発が起きた。

パレスチナ側は直ちに民間人471人が「イスラエルからの攻撃」で死亡したと発表。全世界のメディアがこの数字を報じた。

その後、実はハマスと共闘する「イスラム聖戦」の発射したロケット弾が誤って落ちた結果だという分析が示された。

死者数についても、アメリカ側はせいぜい30人程度だと推定している。

それで各国のメディアも誤報として訂正を出したが、それでもなお、多くの死者を出したこの残虐な攻撃の責任はイスラエルにあるという印象は消えなかった。

アメリカ政府は一貫して、民間人の犠牲を最小限に抑えることを最優先にするよう、イスラエル側に求めていた。

だが個々の標的については、両国間で見解の相違はほとんどなかったという。

複数の当局者によれば、バイデン政権がもっと懸念していたのは軍事作戦の「姿勢」だ。

政権内部の協議に参加した前出の米空軍幹部によれば「バイデン政権はハマス殲滅という目標を支持しているが、イスラエルのやり方には居心地の悪さを感じていた」。

11月に入ってイスラエル軍の地上侵攻が本格化すると、これではガザ住民への「集合的懲罰」だという非難が各方面から上がった。

むろん、イスラエル側は反論した。

ガザ地区北部の住民には南部に退避するよう警告していた、ビラの投下やSNSでの警告、電話やメールでの退避勧告も行っていたと主張した。

パレスチナ側が発表している民間人の死者数については、イスラエルだけではなくアメリカ政府も疑念を抱いているようだ。

バイデンは10月25日、「パレスチナ側が犠牲者数について真実を述べているかどうかは分からない」と発言した。

その翌日には国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調査官が、ホワイトハウスは「テロ組織の運営する組織が発表した数字」は使わないと述べている。

だが複数の情報筋によれば、本音の部分ではアメリカの情報機関も、パレスチナ民間人の死傷者数はパレスチナ保健省の主張する数字とほぼ一致しているとみている。

前出の米空軍幹部によれば、「空爆の規模や戦闘員と民間人が混在している事実、それに人口密度を考慮すれば、特に驚くべき数字ではない」。

これはイスラエル側も認めているところだが、米政府はイスラエルに、今回の戦争遂行に関して3つの質問を投げかけている。

①ハマスの作戦能力を破壊するという長期目標の達成に民間インフラ(ハマス幹部の住居を含む)を爆撃する必要があるのか、

②重量2000ポンド(約907キロ)の爆弾を多用する必要があるのか、もっと爆発力の弱い爆弾なら民間人の犠牲を減らせるのではないか、

③そもそも「ハマス殲滅」という目標は妥当なのか、の3つだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、成長支援へ金融政策を調整 通貨の安定維

ビジネス

スイス中銀、リオ・ティント株売却 資源採取産業から

ワールド

ドイツ外相の中国訪問延期、会談の調整つかず

ビジネス

ヘッジファンド、AI関連株投資が16年以来の高水準
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼稚園をロシアが攻撃 「惨劇の様子」を捉えた映像が話題に
  • 3
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 4
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中