最新記事
中東

イスラム組織、イスラム勢力、イスラム聖戦...日本メディアがパレスチナ報道に使う言葉を言語学的視点から考える

2023年11月4日(土)16時55分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

こうした性質があることから、語義は、指示対象(言葉が表している事物のこと)との関係で問題になることがある。例えば、「レジスタンス」という単語の場合、「抵抗勢力」や「対抗勢力」より政治的体制に危険を及ぼす可能性のある組織や団体であるが、実際には日本のメディアで使用されることがほとんどない。ところが、ウクライナ情勢となると話は別で以下はその使用事例だ。

「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった|ニューズウィーク日本版

ウクライナのレジスタンスとロシア軍のリスク 元米海兵隊大佐の予測|朝日新聞

ロシアの補給橋爆破、ウクライナのレジスタンス関与...「クリミア付近まで進軍」視野|読売新聞

 

言葉の意味(語義)は、具体的な場面や文脈の影響を除いた、多くの人が共通して認める意味(デノテーション、明示的意味)と、文化や個人によって二次的に連想される意味(コノテーション、副次的意味)とに分けられる。

日本語の時事分野において「イスラム」や「レジスタンス」などはその一例となる。例えば、「レジスタンス」と「抵抗勢力」のデノテーションは同じであっても、コノテーションの意味は違う。これは、メディアが「レジスタンス」の単語をパレスチナ情勢に使わないのに対しウクライナ情勢に使用することからも分かる。このコノテーションの意味こそ、単語を選択する上で大きな判断材料となる。単語の心臓部と言ってもいいだろう。コノテーションの詳細は評価的、感情的、文体的、待遇などさまざまだが、意味合いの差を明らかにする際にこれらの要因は重要である。

ところが、「パレスチナ市民のレジスタンス」という言い方は他の国で使用されていても、日本のメディアの手にかかると「組織」や「勢力」に変えられてしまう。

複雑で難解な情報ほど認知的労力が必要に

中東アラブ地域、ひいてはパレスチナ情勢を報じる日本のメディアが使用するさまざまな言葉には、「視点的要素」よりも「観点的要素」の方が遥かに大きい。

そもそも私たちは何かに関心を向けると、その分野のことをもっと知ろうとするためのアンテナが強化される。そして、そのことに集中するあまり、周りで何が起きているかに気付けないことがある。同様に、メディアが発するメッセージ(情報)を認知するためには、集中的にその情報に注意を向ける必要がある。

処理する情報が複雑で難解であればあるほど、より多くの注意力や集中力、認知的労力が必要になり、それ以外の情報に注意を向けることは困難となる。そのため、メディアが伝えようとしているメッセージを理解するのを途中で放棄してしまうことが多い。例えば、意味不明な言葉「イスラム聖戦」や「イスラム組織」などのような視点や観点が強い言葉を理解するのには、認知的労力が必要となる

社会的価値創造
「子どもの体験格差」解消を目指して──SMBCグループが推進する、従来の金融ビジネスに留まらない取り組み「シャカカチ」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中