イスラム組織、イスラム勢力、イスラム聖戦...日本メディアがパレスチナ報道に使う言葉を言語学的視点から考える
こうした性質があることから、語義は、指示対象(言葉が表している事物のこと)との関係で問題になることがある。例えば、「レジスタンス」という単語の場合、「抵抗勢力」や「対抗勢力」より政治的体制に危険を及ぼす可能性のある組織や団体であるが、実際には日本のメディアで使用されることがほとんどない。ところが、ウクライナ情勢となると話は別で以下はその使用事例だ。
「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった|ニューズウィーク日本版
ウクライナのレジスタンスとロシア軍のリスク 元米海兵隊大佐の予測|朝日新聞
ロシアの補給橋爆破、ウクライナのレジスタンス関与...「クリミア付近まで進軍」視野|読売新聞
言葉の意味(語義)は、具体的な場面や文脈の影響を除いた、多くの人が共通して認める意味(デノテーション、明示的意味)と、文化や個人によって二次的に連想される意味(コノテーション、副次的意味)とに分けられる。
日本語の時事分野において「イスラム」や「レジスタンス」などはその一例となる。例えば、「レジスタンス」と「抵抗勢力」のデノテーションは同じであっても、コノテーションの意味は違う。これは、メディアが「レジスタンス」の単語をパレスチナ情勢に使わないのに対しウクライナ情勢に使用することからも分かる。このコノテーションの意味こそ、単語を選択する上で大きな判断材料となる。単語の心臓部と言ってもいいだろう。コノテーションの詳細は評価的、感情的、文体的、待遇などさまざまだが、意味合いの差を明らかにする際にこれらの要因は重要である。
ところが、「パレスチナ市民のレジスタンス」という言い方は他の国で使用されていても、日本のメディアの手にかかると「組織」や「勢力」に変えられてしまう。
複雑で難解な情報ほど認知的労力が必要に
中東アラブ地域、ひいてはパレスチナ情勢を報じる日本のメディアが使用するさまざまな言葉には、「視点的要素」よりも「観点的要素」の方が遥かに大きい。
そもそも私たちは何かに関心を向けると、その分野のことをもっと知ろうとするためのアンテナが強化される。そして、そのことに集中するあまり、周りで何が起きているかに気付けないことがある。同様に、メディアが発するメッセージ(情報)を認知するためには、集中的にその情報に注意を向ける必要がある。
処理する情報が複雑で難解であればあるほど、より多くの注意力や集中力、認知的労力が必要になり、それ以外の情報に注意を向けることは困難となる。そのため、メディアが伝えようとしているメッセージを理解するのを途中で放棄してしまうことが多い。例えば、意味不明な言葉「イスラム聖戦」や「イスラム組織」などのような視点や観点が強い言葉を理解するのには、認知的労力が必要となる