最新記事
ウクライナ情勢

「そこには秘密のルールがある」と米高官...CIAが戦う水面下のウクライナ戦争

CIA: NOT ALL-KNOWING

2023年7月26日(水)12時50分
ウィリアム・アーキン(元米陸軍情報分析官)

230801p18_CIA_03v2.jpg

ホワイトハウスでゼレンスキー大統領と会談するバイデン米大統領夫妻(22年12月21日) UKRAINIAN PRESIDENCYーHANDOUTーANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

昨年9月にノルドストリームが爆破されたとき、アメリカ政府は水面下で、ゼレンスキー政権に不快感を伝えている。だが、その後も破壊工作は続き、クレムリンへのドローン攻撃もあった。こうなってくると、CIAの情報収集能力にも疑問符が付く。ウクライナ側が何を計画しているかを事前に察知して彼らの動きを牽制し、越境攻撃はしないというロシア側との密約を守ることこそ、CIAの最重要任務のはずだ。

バイデンは就任当初からCIAを重視し、外交官出身のウィリアム・バーンズ長官をいわば「世界のトラブルシューター」と位置付け、重用してきた。

CIAの長官なら、外国の指導者とも秘密裏に意思疎通を図ることができる。地政学的に重要な局面では陰に陽に動ける。軍人の出番とも文民の出番とも言い難い微妙な領域で立ち回り、組織を動かせる。

しかもバーンズには駐ロシア大使を務めた経験がある。ウクライナは、その手腕を発揮する格好の舞台だった。CIAは早くから西部国境地帯におけるロシア軍の兵力増強に気付いていた。だから侵攻開始に先立つ21年11月、バイデンはバーンズをモスクワに派遣した。ロシア側に、越境したらどうなるかを警告するためだ。このときプーチンはモスクワから遠く離れた南部の保養地ソチに滞在し、バーンズを無視する姿勢を見せた。しかし結局、専用回線を通じた電話会談に応じている。

米ロ間で事前に了解が成立

「皮肉なもので、これが大成功だった」と言ったのは2人目の匿名高官だ。ロシアの侵攻は防げなかったが、米ロ両国間にある昔ながらの秘密のルールは守れたからだ。米軍は前線に出ないし、ロシアの政権交代も求めないと、バイデン政権は確約した。その代わりロシア側は攻撃対象をウクライナ国内に限定し、秘密作戦の実施に関する暗黙のルールに従って行動することを約束した。

前出の国防総省の匿名高官によれば、両国間には「成文化されることなき内々の交通ルール」がある。例えば、日常的なスパイ活動の枠からはみ出さないこと、特定の境界線を越えないこと、相手国の首脳や外交官を攻撃しないことなどだ。「目に見えない線引きだが、ロシアはおおむね、そういう国際的なレッドラインを尊重してきた」

いざロシア軍の侵攻が始まると、アメリカ側もギアを上げた。当初、CIAを含むアメリカの情報機関がロシア軍の実力とウクライナ側の抵抗力を見誤っていたのは事実だ。しかし戦争の長期化が必至になった昨年夏、アメリカはウクライナの戦闘能力を維持するための武器供与に踏み切った。ゼレンスキーの要請に応えて、徐々にだが高性能で長射程の兵器を提供し始めた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ住民の50%超が不公平な和平を懸念=世論

ワールド

北朝鮮、日米のミサイル共同生産合意を批判 「安保リ

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表

ビジネス

EQT、日本の不動産部門責任者にKKR幹部を任命
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中