最新記事
日本社会

家族間の犯罪件数が激増している、その背景

2023年6月28日(水)10時40分
舞田敏彦(教育社会学者)

児童虐待の認知件数は過去20年で約10倍に激増した princessdiaf/iStock.

<法改正などによって、これまで見えにくかった児童虐待や家族間の暴力が事件化されるようになった>

全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数は、2000年度では2万件ほどだったが、2021年度では21万件にまで増えている(厚労省『福祉行政報告例』)。これは家庭内での虐待が増えているというのではなく、これまで不問に付されていた物理的ないしは精神的暴力が、「虐待」として公的機関に積極的に通告されるようになったためだ。

2000年に児童虐待防止法が制定され、虐待を受けたと思われる子どもを発見した者は通告の義務を課された。学校の教職員等は虐待を発見しやすい立場であることから、虐待の早期発見義務を課されている。児童虐待の認知数は毎年増えていて「過去最悪」と報じるメディアもあるが、一概に悪いこととは言えない。人々の道徳意識が高まり、家庭内の闇(病み)が明るみにされている、ということでもある。

犯罪統計で見ても、家族間犯罪の増加が著しい。警察庁の統計によると、刑法犯の認知事件のうち家族が被害者である事件の数は、2000年では2819件だったが2021年では1万2630件と4.5倍に増えている。全事件の認知数が56万8283件から25万5500件に半減しているのとは対照的だ。目ぼしい罪種ごとの変化も示すと<表1>のようになる。

data230628-chart01.png

最も注目すべきは暴行事件で、家族間によるものはこの20年ほどで195件から6805件に激増している。夫婦間のDV(ドメスティック・バイオレンス)や親から子への体罰が事件化されるようになっているためだろう。強制性交やわいせつといった性犯罪も、以前と比べて家族間によるものが明るみに出るようになっている。ほぼ100%発覚する殺人は、大きな変化はない。

家族だからと、犯罪が不問に付されることはなくなりつつある。以前は、親から子への体罰は「しつけの面もある」と容認されてきたが、2019年の児童虐待防止法改正で親権者の体罰が禁じられ、昨年の民法改正では親権者の懲戒権を定めた条文が削除されるに至った。懲戒する権限と書くと、体罰による戒めも認めるニュアンスがあるためだ。繰り返すが、家族だからと不問に付される時代ではない。

日本では家族信仰が強く、教育の分野にあっては特にそうで、教育関連の法律や政策文書の常套文は「保護者は子の教育の第一義的責任を有する」だ。確かにそうなのだが、あまり強調され過ぎると親の権限が絶対視されたり、「個々の家庭内のことに介入するべからず」という不文律が形成されたりする。現にそれらは日本で起きており、その結果として家庭内の暴力が隠蔽されてきた。

昔に比べたら摘発されるようになってはいるが、まだまだ風通しは不十分で、見過ごされている「暗数」が膨大にあると推測される。家庭という、閉ざされた私空間で苦しんでいる子どももいるはずだ。

子ども関連の政策を一元的に担う専門省庁ができたが、当初の名称「こども庁」が「こども家庭庁」に変わったことに異論が噴出した。子どもの生活の基盤は家庭で、家庭を単位として権利保障を行おうという意図だが、家庭が善とは限らない。今では家族の構造も様変わりし、家族信仰を振りかざすのは危険だ。昭和とは時代背景が異なる令和では、子どもを一個人として尊重すること、社会全体で子どもを育てる思考・制度が求められる。

<資料:警察庁『犯罪統計書』

企業経営
ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パートナーコ創設者が見出した「真の成功」の法則
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

IMF、日本の財政措置を評価 財政赤字への影響は限

ワールド

プーチン氏が元スパイ暗殺作戦承認、英の調査委が結論

ワールド

プーチン氏、インドを国賓訪問 モディ氏と貿易やエネ

ビジネス

米製造業新規受注、9月は前月比0.2%増 関税影響
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中