【解説】最新の研究で解明進む、ネアンデルタール人の新事実──そして我々のこと

WHAT MAKES US HUMAN

2023年1月19日(木)13時00分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

230124p42_NDT_07.jpg

トロント大学のビオラ COURTESY OF BENCE VIOLA

もしネアンデルタール人が私たちの代わりに生き残っていたら、彼らも現生人類と同レベルの発展を成し遂げたのか――その可能性については、ビオラも否定していない。近年、ネアンデルタール人の遺跡から最も人類らしい特徴、つまり複雑な象徴的思考能力と象徴を用いた初歩的なコミュニケーションの萌芽を示唆する考古学的証拠が見つかっているのだ。

10年にはスペイン南東部で調査を行った考古学者のチームが、約5万年前(現生人類が到達する1万年前だ)の2つの洞窟で発見されたザルガイとホタテガイの貝殻に人工的に開けたと思われる穴と、装飾用の赤い顔料の跡を確認したと発表した。ネアンデルタール人が彩色した貝殻をひもでつなぎ、装飾品として身に着けていた可能性を示唆する発見だ。顔料が交じったワシの爪も見つかっている。さらに彼らは羽毛の装飾を身に着けていたとする説もある。

一部の遺物や骨、少なくとも1つの石には粗い斑点や線、彫刻の痕跡があった。英ダラム大学のポール・ペティット教授(旧石器時代考古学)は、明らかに塗料として使われた赤い顔料の斑点が25万年前のネアンデルタール人の居住地で見つかったと語る。控えめに見ても、ネアンデルタール人が非言語的コミュニケーションの初歩を理解し、ことによると象徴的思考や想像力を駆使していた可能性を示すものだという。

「20年ほど前から、彼らが自分の体を飾り立てていた事実が認められるようになった。この点については議論の余地はほぼなくなっている」

注目に値するのは、この顔料が原始的な洞窟美術にも使われていたことだ。ペティットらは18年、スペインの3つの洞窟で見つかった赤い顔料の奇妙な「壁画」を分析した。複数の点と線、長方形、数十の手形からなるこの壁画は、壁に手を当て、その上から口に含んだ顔料を吹き付けて作ったとみられるという。

3つの洞窟で見つかった遺物の年代測定から、その一部は現生人類が到達するずっと前の6万5000年前のものと推定された。ある専門家は「人類進化の分野における画期的大発見」と評し、ネイチャー誌にこう語った。「人類史の根本的な見直しを迫るものだ。現生人類とネアンデルタール人の行動の違いはほんのわずかしかなかったことになる」

「これらの洞窟で少なくとも彼らはメッセージを(描く対象を)体から外部の媒体である洞窟の壁へと広げるために、顔料を使い始めたようだ」と、ペティットは語った。

「これは認知的に非常に重要な分かれ道だった可能性があると思う。その場で相手と面と向かってやりとりするのではなく、壁に永続的に残すことでメッセージを時空を超えて伝える可能性を手にしたのだ」

これに洞窟の奥深く(そんなところを探検する理由など、好奇心以外に考えにくい)で命を落としたネアンデルタール人がいた証拠を併せて考えると、新たな可能性が見えてくると彼は言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ436ドル安、CPIや銀行決算受

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中