【解説】最新の研究で解明進む、ネアンデルタール人の新事実──そして我々のこと
WHAT MAKES US HUMAN
ネアンデルタール人は火を使った加熱処理によって合成材料を作り、道具や武器を改良していたことも分かってきた。ウラッグサイクスによると、炉跡の堆積物を分析したところ、ネアンデルタール人が原始的な接着剤バーチタールを作っていたことが分かったという。これは北米の先住民がよく使っていた接着剤で、道具に持ち手を付けるのに使われた可能性が高いという。
「この接着剤を作るためには、カバの木(の樹皮)を加熱処理しなければならない。そのためには火加減を慎重に調整する必要がある」と、ウラッグサイクスは語る。
脳の体積はほぼ同じだが
こうしたことは全て、ネアンデルタール人に高度な知性があった証拠だ。では、ネアンデルタール人と現生人類の違いは何なのか。
具体的な結論を出すのは時期尚早だが、新たな発見は有力な手がかりを与えてくれる。
化石を見る限り、ネアンデルタール人の脳はかなり発達していた。現生人類の脳は、チンパンジーの脳の3~4倍の大きさだが、ヒト属の脳が最初からそんなに大きかったわけではない。急激に拡大し始めたのは約200万年前で、60万年前に現在と同等の大きさになった。現生人類がネアンデルタール人から分岐したのは、その20万年後のことだ。ネアンデルタール人の脳の形(楕円体)は、現生人類の脳(ほぼ球体)とは異なるが、体積はほぼ同じだ。
グリーンやペーボらの研究者は分子生物学の手法も活用している。ペーボはヒトゲノムの遺伝情報と遺伝子の各領域の機能に関する知見を参考にして、ネアンデルタール人と現生人類の遺伝子の差異のうち機能の違いをもたらした可能性が最も高そうな3万点のリストを作成した。グリーンも独自のリストを作っている。
遺伝情報の差異の多くは「特に神経組織で発現する遺伝子に集中している傾向がある」と、グリーンは言う。「われわれの神経の発達と、おそらく認知機能がネアンデルタール人と異なることを示唆するものだ」
この相違の理由を突き止めるため、ペーボやグリーンを含む多くの研究者は最先端のテクノロジーを駆使して、DNAと幹細胞からニューロン(神経細胞)の集合体「脳オルガノイド」を実験室で培養している。さまざまな細胞に変化する幹細胞の特性を利用した脳の3Dモデルだ。さらに遺伝子編集技術クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)を用いて、培養した現生人類の脳モデルをネアンデルタール人の脳に近づけ、その「加工」が脳細胞の発達にどう影響するかを観察する。