最新記事

地球史

巨大衝突のあと、わずか数時間のうちに月が形成されていた

2022年10月7日(金)19時25分
松岡由希子

原始地球と巨大な天体テイアが衝突した後...... (Jacob Kegerreis-NASA)

<NASAのエイムズ研究センターらの研究チームは、スーパーコンピューターで高解像度シミュレーションを行い、「原始地球と巨大な天体テイアが衝突した後、わずか数時間のうちに月が形成された可能性がある」との研究論文を発表した......>

NASA(アメリカ航空宇宙局)の「アポロ11号」が1969年7月のミッションで月から地球に持ち帰った岩石や塵の試料は約45億年前のものであった。月は太陽系の形成から約1億5000万年後の激動の時代に形成されたとみられる。

ジャイアント・インパクトはどのように行われたのか

月の起源については、約45億年前に火星くらいの大きさの天体「テイア」と原始地球が衝突し、周囲に拡散した破片が集まって月が形成されたとする「ジャイアント・インパクト説(巨大衝突説)」が有力だと考えられてきたが、この衝突がどのように行われたのかについては議論がある。

「原始地球に衝突したテイアがその衝撃で無数の破片となって原始地球からの気化した岩石やガスとともにゆっくりと円盤に混ざり、その周りに月の溶けた球体が何百万年もかけて合体して冷却した」という従来の仮説は、月の岩石の多くが地球のものと顕著に類似していることと矛盾する。

また、「月の形成にはテイアからの破片よりも原始地球の気化した岩石が多く使われた」とする説もあるが、モデル化によって、原始地球の岩石が崩壊してできた月の軌道は現在の月のものとは大きく異なることが示されている。

衝突後、数時間のうちに月が形成された

英ダラム大学、NASAのエイムズ研究センターらの研究チームは、スーパーコンピューターで高解像度シミュレーションを行い、2022年10月4日付の学術雑誌「アストロフィジカルジャーナル・レターズ」で「原始地球とテイアが衝突した後、原始地球とテイアからの物質が直接軌道に乗り、わずか数時間のうちに月が形成された可能性がある」との研究論文を発表した。この新たな仮説は、大きく傾いた軌道や一部が溶けた内部構造、薄い地殻など、既知の月の特徴とも整合する。

研究チームは、天体物理学や宇宙学のための流体力学と重力のオープンソースコード「SWIFT」を用い、ダラム大学のスーパーコンピューター「COSMA」で衝突角度、衝突速度、回転、質量などの項目を変えながら約400回の衝突シミュレーションを行った。

シミュレーションの解像度はシミュレーションで使用される粒子の数で決まる。月の形成のシミュレーションでは従来、10万~100万個の粒子が用いられてきたが、今回は1億個までモデル化することが可能となった。

地球に持ち帰る月の試料の分析が待たれる

今回の高解像度のシミュレーションでは、低解像度のシミュレーションでは大規模衝突の重要な様相を見逃すおそれがあることもわかった。これまでの研究ではわからなかった新たな挙動が定性的にとらえられている。

いずれの仮説が正しいのかを検証するためには、NASAの有人月面探査計画「アルテミス」で地球に持ち帰る月の試料の分析が待たれる。月の別の場所や月面下から採取された試料が入手できれば、シミュレーションデータを実際のデータと比較でき、月の進化プロセスの解明にもつながるだろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン

ワールド

EU、米と関税巡り「友好的」な会談 多くの作業必要

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、米中緊張緩和の兆候で 週

ビジネス

米国株式市場=4日続伸、米中貿易摩擦の緩和期待で 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中