最新記事

大英帝国

植民地支配の「罪」をエリザベス女王は結局、最後まで一度も詫びることはなかった

Not Innocent at All

2022年9月20日(火)17時51分
ハワード・フレンチ(コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授)
エリザベス女王のガーナ訪問

1961年には旧植民地ガーナを訪れ、かつて栄えたアシャンティ国の王族に会った KEYSTONE-FRANCEーGAMMAーKEYSTONE/GETTY IMAGES

<黒人奴隷を酷使して植民地で儲けたことで大英帝国の礎を築いたという過去を、逝去したエリザベス女王は謝罪しなかった>

まずい、わが国は出遅れたぞ。16世紀の半ば、エリザベスという名のイングランド女王は周辺諸国を見回して、そう気付いた。見よ、大陸の諸王国は世界の果てまで領土を広げているではないか。

先鞭をつけたのはポルトガルとスペインだった。まずはポルトガルが15世紀半ばに西アフリカまで船を出し、現地の金を輸入し始めた。それからサントメという小さな島を占領し、大規模農場で「売買可能な商品」としての黒人奴隷を働かせるという画期的な手法を考案し、サトウキビの大量生産を始めた。

大西洋を南下してサトウキビを栽培・加工し、そこで働かせる奴隷も現地で調達する。この経済モデルはたちまち欧州諸国に広まり、各国の経済を急成長させ、西洋人が「その他大勢」に君臨するという神話を生み出した。

しかしエリザベス1世の時代(シェークスピアが活躍した時代だ)、イングランドの威光が及ぶのはせいぜい隣国アイルランドまでだった。これに不満な女王は、貴族やジョン・ホーキンスのような海賊をけしかけ、大西洋上でポルトガルやスペインの商船を襲わせ、積み荷の金やアフリカ人奴隷を強奪させた。

こうしてエリザベス1世は、後の大英帝国の土台を築いた。それに続いた諸王は彼女の路線を引き継ぎ、1631年にはその名も「ロンドン冒険商人会社」を設立した。言うまでもないが、この「冒険」はアフリカの金と奴隷の暴力的な搾取を意味していた。後にこの会社は「王立アフリカ冒険商人会社」と名前を変え、なんと1000年に及ぶアフリカ貿易の独占権を付与されることになった。

同じ頃、大西洋の反対側にあるカリブ海の小さな島で、大英帝国が本格的な一歩を踏み出した。イングランドがバルバドス島を、国王直属の植民地としたのである。

奴隷なくして帝国なし

そして当然のことながら、ポルトガルがサントメ島で始めた道徳的には許せないが経済的にはうますぎる植民地経営のモデルを採用した。サトウキビの大規模農場を造り、アフリカ大陸から鎖につないで運んできた男女の奴隷を死ぬまで働かせた。

その数は、ずっと広い北米大陸の植民地に送り込んだ奴隷の総数に迫る。こうして植民地バルバドスは、本国イングランドにとって、文字どおり「金のなる木」となった。

西洋諸国の学校では南北アメリカ大陸を「新世界」と呼び、その開拓時代にヨーロッパの諸帝国が活躍したと教えている。よく語られるのは、スペインのコンキスタドール(征服者)が南米のインカ帝国やメキシコのアステカ文明を滅ぼし、ガレオン船に大量の金銀財宝を積んで持ち帰ったという武勇伝だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英1月財政収支、154億ポンドの黒字 予想下回り財

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、2月50.2で変わらず 需要低

ワールド

焦点:低迷するドイツ、総選挙で「債務ブレーキ」に転

ワールド

英国、次期駐中国大使に元首相首席秘書官が内定 父は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    ハマス奇襲以来でイスラエルの最も悲痛な日── 拉致さ…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中