最新記事

医療

米医大で難しくなった中絶技術習得 最高裁判決で医療界に危機感

2022年8月21日(日)10時35分
婦人科クリニックの処置室

オクラホマ大学医学生のイアン・ピークさんは、大学に妊娠中絶を学ぶコースがなく、実習も受けられないため、タルサ市内の婦人科クリニックで4年間、医療現場において医師の仕事内容を観察する「シャドーイング」を行ってきた。写真は中絶手術が過去に行われていたオクラホマ州タルサのクリニックで6月撮影(2022年 ロイター/Liliana Salgado)

オクラホマ大学医学生のイアン・ピークさん(33)は、大学に妊娠中絶を学ぶコースがなく、実習も受けられないため、タルサ市内の婦人科クリニックで4年間、医療現場において医師の仕事内容を観察する「シャドーイング」を行ってきた。

しかし、オクラホマ州が妊娠中絶をほぼ全面的に禁止した今年5月、このクリニックは中絶を中止し、米連邦最高裁が人工妊娠中絶を合憲とした過去の判決を覆す決定を6月に下すと、廃業してしまった。ピークさんは地元で中絶について学ぶ手立てを失った。

「オクラホマ州では、中絶についての教育を受けることが基本的に不可能だ」と話すピークさん。今はオクラホマ州外の研修医プログラムに応募しているが「このままでは国全体で、医学生が中絶の方法を全く知らないというありさまになる」と不安を隠さない。

取材に応じた医師や中絶禁止反対派、医学生など十数人が、中絶規制の厳しい州では、次世代の医師が産科や婦人科の分野で必要な技量を身に着けることができない事態に陥るのではないか、と懸念を口にした。

最高裁が人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェード判決」を覆す判断を下す以前ですら、一部の保守的な州では中絶方法の教育を制限していた。

6月の最高裁判決で中絶の合法性を各州が決定できるようになり、包括的な産婦人科教育を提供できない医学部や研修医制度が増えている。

米国産科婦人科学会の会報が今年4月に発表した研究によると、2020年に産婦人科の研修医の92%が、ある程度の中絶トレーニングにアクセスできると回答した。研究者は最高裁判決でこの数字が良く見積もっても56%に低下すると予想している。

中絶の権利擁護を主張するガットマッハー研究所によると、既にテキサス州やアラバマ州など7つの州で、中絶を行うクリニックがなくなっている。

人工妊娠中絶措置は妊婦が心臓発作、脳卒中、出血を始めた場合などの緊急事態に不可欠だ。また、不完全流産の後、感染症や敗血症を防ぐために子宮内の組織を除去する必要もある。

ミシガン大学医学部のマヤ・ハモウンド教授(産婦人科)は「一般的に中絶と呼ばれるものを大きく超えた広がりを持っている」と指摘。「女性医療の他のあらゆる領域にどう影響するかだ」と憂えた。

高まる懸念

医学部は中絶トレーニングの提供を義務づけられていない。だが、研修計画を評価・認定する卒後医学教育認可評議会(ACGME)は、全ての研修医に中絶処置を習得するよう求めている。

中絶へのアクセスを制限している州では、医師の卵が他州へ研修に行くのを支援しなければならないと訴え、最高裁判決後の産婦人科ガイドラインの改訂を提案している。研修医が州外に出られない場合でも、教室での授業とシミュレーションを用いた訓練を行う必要がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム次期指導部候補を選定、ラム書記長留任へ 1

ビジネス

米ホリデーシーズンの売上高は約4%増=ビザとマスタ

ビジネス

スペイン、ドイツの輸出先トップ10に復帰へ 経済成

ビジネス

ノボノルディスク株が7.5%急騰、米当局が肥満症治
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中