最新記事

日本

子供が「歩き回る自由」を守る、日本の政策・価値観・都市計画

FREEDOM FOR CHILDREN

2022年8月5日(金)06時30分
オーウェン・ウェイグッド(モントリオール理工科大学准教授)

magSR20220805freedomforchildren-2.jpg

HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

その1年が、私の進路を大きく変えた。日本で暮らした経験を機に、都市開発と、都市の設計が人々の暮らしに与える影響を研究したいと思うようになったのだ。

そして2006年、私は文部科学省が支援する留学生制度を利用して、再び日本にやって来た。なぜ日本では今も、子供たちが親の付き添いなしで近所を散策していたり、愉快におしゃべりをしながら歩いていたり、近所の公園で遊んでいるのか知りたいと思ったのだ。

それは「日本に恋に落ちた」というのとはちょっと違うことを、言い添えておきたい。むしろ初めて日本で1年間過ごしたときは、イライラすることも多かった。だがそれは、カナダで育った私が、カナダの基準で物事を見ていたからにすぎないことに後から気が付いた。

例えば、初めて来日して、京都の地下鉄に乗って駅から自宅アパートまで歩いているときは、「なんてこった。歩道がない! 危ないじゃないか!」と心の中で叫んでいた。そして私の横を車が通り過ぎるたびに、大慌てで道路脇によけていた。ところがしばらくして周囲を見回すと、日本人は誰もそんなことをしていなかった。

日本では、ドライバーが歩行者や自転車に注意を払ってゆっくり運転していたのだ。カナダでは、「道路で身の安全を図るのは自分の責任だ」と、子供たちに教える。でも日本では、危険をもたらす側に、安全に注意を払う義務があると考える。

この考え方は、日本の親が子育てに関連して抱くもう1つの価値観と関係しているように思う。つまり「人間は社会の一員であり、自分の行動が他人にどのような影響を与えるかを自覚する必要がある」という考え方だ。

だから、注意しなければいけないのはドライバーのほうであって、危険にさらされる子供ではない(もちろん子供たちも道路に飛び出したりしないよう言い聞かされているけれど)。これに対してカナダでは今も、安全を確保する責任が子供や弱者に転嫁されている。

日本の子供たちが自由に歩き回れるようにしているのは、交通ルールだけではない。安全な社会そのものも大きな役割を果たしている。

私が日本で暮らしていて本当に衝撃を受けたのは、近所を歩いていると、見知らぬ人からも「おはようございます」と挨拶をされることだ。挨拶は近所付き合いの基礎であり、その維持を助ける社会的に価値ある文化と言っていいだろう。

また、日本の子供たちは、カナダやスウェーデンの子供たちよりも、知り合いに会いに行って交流することが多い。この分野で私と多くの研究論文を執筆してきた筑波大学の谷口綾子教授は、こうした交流が子供たちのメンタルヘルスにプラスの影響を与えることを明らかにしている。

これは驚くべきことではないだろう。社会的なつながりは、人生の満足度を最も強化する要因の1つなのだから。また、カナダとスウェーデンと日本の子供の人生への満足度を調べたところ、大人の付き添いなしに動き回れる自由との間に強いつながりがあることが分かった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

トレンド追随型ヘッジファンド、今後1週間で株400

ビジネス

政府、経済対策を閣議決定 高市首相「財政の持続可能

ワールド

インド総合PMI、11月は59.9 製造業鈍化で半

ワールド

ホワイトハウス、女性記者を「子ブタ」と呼んだトラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 8
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中