最新記事

日本

子供が「歩き回る自由」を守る、日本の政策・価値観・都市計画

FREEDOM FOR CHILDREN

2022年8月5日(金)06時30分
オーウェン・ウェイグッド(モントリオール理工科大学准教授)
集団登校

小学生が自分で歩いて登校する光景は北米ではほぼ見られなくなった HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

<「日本は治安が良い」と言われるが、その1つの側面は子供が事故で死亡する確率が低いこと。北米からすれば驚愕のこの安全性は、いかにして保たれているのか>

(※本誌8月9日/16日号「世界が称賛する日本の暮らし」特集より)

京都の小学校に初めて調査研究の許可をもらいに行ったとき、校長と交わした会話は、今も忘れられない。

「子供たちはどうやって登校しているんですか」と私が聞くと、校長は一瞬言葉に詰まってから「歩きです」と答えた。
2022080916issue_cover200.jpg

びっくりした私が「全員?」と畳み掛けると、「ええ」と、今度は校長が少し驚いた様子で答えた。「ほかにどうやって学校に来るんですか。みんな歩きですよ」

この校長にとって、子供が歩いて学校に来るのは当たり前のことだった。でも、アメリカや、筆者の出身地であるカナダでは違う。だから校長の答えに「すごい!」と思ったけれど、すぐに「でも、どうしてそんなことが可能なんだろう」という疑問が頭をもたげてきた。

私の研究から分かったことは、日本が政策的に、子供が歩き回る自由を守ってきたことだ。それは子供の自由だけでなく、ほかにも多くの恩恵をもたらしていることが分かった。

少し前の研究だが、子供が1人で学校や友達の家や公園に行けるようになると考えられている年齢は、日本では6〜7歳、イギリスでは10〜12歳だった。日本の子供たちは超人か何かなのか。

もちろんそんなことはない。彼らもまだ子供だ。ただ、子供が1人で動き回れるはずだという期待は、社会の仕組みにも影響を与えているようだ。

例えば、なぜ日本では、北米で一般に行われているように、親が子供を車で学校に送らないのか。それは、徒歩で通学する子供に危険をもたらすからだ。

子供を車で送迎する親による危険運転は、さまざまな研究で報告されている。例えば、子供が車から降りると、多くの親は前方ではなく子供のほうを見たまま車を発進させようとする。学校のすぐ横に車を着けるために、直進路でいきなりUターンをする親もいる。これはよその子供たちにとってはとても危険だ。

日本では、子供の登下校時の交通事故を防ぐためにたくさんのルールや慣行がある。親が車で送迎することは原則的に禁止されているし、通学時間帯には学校周辺の車道に制限がかけられ(カナダのように学校のあるブロックだけ減速が必要になるだけではない)、住宅街にも厳しい速度制限がある。

さらに都会でも地方でも、集団登下校を実施している学校が多い。

これは多くの問題に対する日本のアプローチと一致するようだ。すなわち個人の判断に任せると悪化する問題を、地域で解決しようという考え方だ。カナダをはじめとする多くの国と違って、日本では子供が通学途中に事故に遭って死亡することが非常にまれなのも、この仕組みと関係があるようだった。

挨拶の偉大なる社会的価値

エンジニアだった私が、1年間異文化を体験しようと日本にやって来たのは2002年のこと。新しい言語を学びたいという気持ちもあった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米・サウジ、防衛協定で合意間近=ホワイトハウス

ビジネス

米ズーム、通期の利益・売上高見通しを上方修正 前四

ワールド

米にイランから支援要請、大統領ヘリ墜落で 輸送問題

ビジネス

FDIC総裁が辞意、組織内のセクハラなど責任追及の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中