最新記事

スリランカ

国民を「こじき」にした一族支配、行き過ぎた仏教ナショナリズム──スリランカ崩壊は必然だった

A Long and Winding Road to Ruin

2022年7月22日(金)18時20分
ニール・デボッタ(米ウェークフォレスト大学政治・国際関係教授)

220726p32_SLK_03.jpg

19年の大統領選直前の集会で歓声を上げるゴタバヤの支持者 PAULA BRONSTEIN/GETTY IMAGES

そもそも、危機の源は忌まわしいエスノクラシー(特定の民族による少数民族の強権的支配)にある。人口の75%を占めるシンハラ人は、この島に定住した最初の民族だと自称している。その伝承によれば、総人口に対して約15%のタミル人や約10%のイスラム教徒など、その他の民族は多数派のお情けでここに暮らしていることになる。

このイデオロギーは神話と組み合わされ、仏教信仰に支えられた民族の物語を紡いできた。スリランカの国旗を見れば一目瞭然だ。勇気の印である剣を持つライオンが中央に位置して多数派民族を表現し、その脇に少数派民族を表す色違いの縦じまが並ぶ。それはスリランカという国がシンハラ人仏教徒の国であることを象徴している。

こうしたエスノクラシーの成立は、1956年当時のバンダラナイケ首相がシンハラ語を唯一の公用語と定めたことに起因する。その後、歴代の政権は少数派タミル人を一貫して冷遇してきた。

しかし英国統治時代から、タミル人は少数派のわりに数多くの公職に就いていた。流れが変わったのは、シンハラ語が公用語になってから。ほぼ15年で形勢は逆転した。1956年には官僚の30%、軍人の40%を占めていたタミル人が、70年には官僚の5%、軍人の1%に減っていた。

またシンハラ人の社会経済的進出を妨げるという理由で英語教育が廃止された影響も大きい。おかげでスリランカ人は、アジアでの英語力による優位性を永遠に失った。

官僚機構も骨抜きにされた。かつての官庁は能力主義で、官僚は職務に私情を挟まず公平だったが、シンハラ民族主義の政府は自民族の利害を最大限に優先させた。

大学では住居を整備しないことでタミル人の受け入れ人数が絞られ、一方で理系学部への入学試験ではタミル人にシンハラ人より高い点数を求めた。知識や技能より、政治と民族が優先された。

実力主義が通らず、専門知識も尊重されない世の中を見限る有能な人材は多かった。高潔で実力主義のシンハラ人は海外へ脱出した。ゆがんだ民族主義が頭脳流出を招き、実務を担う官僚の水準が下がった。一方で、タミル人には選択の余地がなかった。

こんな民族差別に怒ったタミル人は、分離独立を求めて30年近く戦った。この内戦はシンハラ人の勝利で09年に終結。以来、マヒンダ・ラジャパクサ率いる政府は仏教徒の過激派と組んで、イスラム教徒への憎悪をあおってきた。

少数派タミル人の排斥こそ愛国的行為。そんな理屈でラジャパクサ兄弟はシンハラ人の仏教ナショナリズムと人種差別を結合させた。

その後、マヒンダ・ラジャパクサは中国の口車に乗って、役にも立たない無用な開発プロジェクトに手を出した。必要な資金は中国から借り、その返済には「借り換え」の手法を用いるつもりだった。

観光や海外在住者からの送金で得た外貨を利子の返済に充て、足りなければ借り換えればいいと考えていた。最悪だが、実はスリランカの対外債務に占める中国の割合は10%程度にすぎない。だから当座の問題は中国に対する債務残高の額ではなく、中国の融資に潜む隠された意図の解明であり、中国マネーが誰の懐に納まったかの究明だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国のデジタル人民元、26年から利子付きに 国営放

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は3.3%上昇 約3年

ワールド

ロ、ウ軍のプーチン氏公邸攻撃試みを非難 ゼレンスキ

ワールド

ウクライナ「和平望むならドンバス撤収必要」=ロシア
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中