最新記事

難民

「力尽きる難民を目の前に後悔」した沿岸警備隊員の挑戦──衛星監視スタートアップが人命と海洋を救う

2022年6月12日(日)10時05分
川和田周

海上で助けを求める難民 Naeblys-iStock

<衛星写真が示すデータは緊急時の対応に役立つだけでなく、責任の所在を問う裁判の証拠として役立つ可能性も>

2018年、アフリカや中東から何千もの移民が小船でヨーロッパを目指し、地中海を渡る命がけの逃避行を行なった。このニュースは多くの人の感情に訴えかけるものだったが、この人道的危機を独自の視点から見ていた人たちがいる。

当時、スペインの沿岸警備隊の救難機に乗っていたファン・ペーニャ・イバニェスとパブロ・ベンジュメダ・ヘレロスは、1日30隻ものペースで押し寄せる難民船の救助活動にあたっていた。

「私たちの乗る飛行機からは15マイル、20マイル、30マイルの地点しか見えませんが、何百マイル先まで監視しなければならない」とベンジュメダ。「当時は手が回りきらず、とても悔しい思いをした。目の前で力尽きる難民を見る度に、何かもっと良い方法があるはずだと思った」

自問自答の末、彼らは大学に戻って衛星リモートセンシングの修士を取得することに決めた。そして、衛星データを活用して世界中の海でのあらゆる活動を効率的に監視するオービタル(Orbital EOS)社を立ち上げた。

同社は、軌道上のレーダ衛星が収集したデータを分析する。レーダ衛星は、地表にある物体の電波を跳ね返し、その反射光を測定する。

ペーニャによると、以前はパトロールに「ハイテク航空機で4時間」かかっていた範囲が、衛星を使うと30秒に短縮される。

このデータは、表面張力の違いを認識する機械学習ソフトを通じ、人間だけでなく、流出した石油や化学物質のように水に浮かんだ物質も識別できるほど精密という。画期的な機能を武器に最初のサービスをリリースさせた。

ペーニャとベンジュメダは言う。「実際にソリューションを使うエンドユーザーだったので、技術と現場とのギャップを見極めるのは簡単だった」。ソリューションの設計は「自分自身が油流出に対処しなければならないとしたら......というユーザー視点に立つことから始まった」

解析された画像が示唆するもの

オービタル社の技術力を世に知らしめたのが、2021年5月20日にスリランカ近海で起きた海難事故だ。

コロンボ沖で化学物質やプラスチック数百トンを積んだコンテナ船「エクスプレス・パール(MV X-Press Pearl)」で大火災が発生。積み荷から流出した化学物質やマイクロプラスチックは海の生き物に壊滅的な影響を与え、被害はスリランカ史上最悪とも言われる。

事故発生当初、船主とスリランカ政府は、船から石油は流出していない、と発表していたが、オービタル社のデータはこれを真っ向から否定するものだった。解析された画像には、船から数百トンもの石油が流出したことが示唆されていた。

Oil_Model_HR.gif

オータビルの「油流出漂流モデル」は流出油の軌道を予測し損害の大きさを推定。タイムリーなリスク評価に役立つ orbitaleos.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中