「米欧が一線を超えた」と懸念する声も ロシア弱体化を狙う危険な賭け
A DANGEROUS ESCALATION
だが、停戦の成立はこれまで以上に望み薄になっている。グテレスは4月末にプーチンと会談した後、即時停戦はあり得ないと認め、戦争は「会談では終わらない」と述べた。
ゼレンスキーが停戦協議の落としどころを探るためNATO加盟を求めず、ウクライナを中立化するとの条件を提案したのはほんの1カ月ほど前のことだ。東部の親ロ派実効支配地域についても譲歩の余地があると述べた。
だがロシア軍の残虐行為で状況は一変。ゼレンスキーはシャルル・ミシェル欧州理事会常任議長に対し、ウクライナの世論は交渉より戦いの継続を望んでいると語った。
一方、フィンランドとスウェーデンはNATO加盟を検討する意向を表明した(編集部注:5月12日、フィンランドの大統領と首相がNATO加盟申請に向けた共同声明を発表した)。
この2カ国が長年の非同盟中立の立場を捨てれば、ロシアの北の国境に新たな緊張が生じ、NATOの東方拡大をウクライナ侵攻正当化の口実にしてきたプーチンは手痛いしっぺ返しを受けることになる。
現状では一触即発の緊張状態が緩和する兆しは全く見えない。マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、ウクライナでは「少なくとも何年という単位」の「長期的な紛争」が続く可能性があると述べた。
核兵器配備はスピードアップ
プーチンが戦術核か戦略核を実戦配備した場合、アメリカはどう対応するのか。バイデンは明らかにしていない。
冷戦後の核兵器の配備については、米ロ共に明確なルールを設定していない。厄介なことにINF(中距離核戦力)全廃条約など冷戦時代に成立した核軍縮合意が失効するなか、核兵器はより迅速な配備が可能になり、自動制御のデジタル装置に運用を委ねる流れが加速した。
プーチンはいわゆる「エスカレーション抑止」、つまり自軍が劣勢に陥った場合、限定的な核攻撃を行い自国に有利な形で停戦に持ち込む戦略を実施するため、過去20 年余り、原子力推進式巡航ミサイルや大洋横断核魚雷、極超音速滑空体の建造を進める一方、ヨーロッパで使える低出力の小型核の保有数を増やしてきた。
それでも、プーチンが今ほどあからさまに核の使用をちらつかせたことは過去にはなかったし、どんな場合に、どう使うかも明言していない。
ウクライナ危機以前、アメリカの戦略家たちはロシアの核配備をただのこけおどしとみていた。プーチンが「エスカレーション抑止」にまず使うのはサイバー攻撃など非核攻撃だろうとの見方が主流だった。
今でもウクライナで戦術核を使用したところでロシアはさほど優位に立てないし、プーチンは核を搭載したICBMでアメリカ本土を攻撃するほど狂ってはいないというのが大方の見方だ。