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ウクライナ戦争

【河東哲夫×小泉悠】米欧の本音は「支援したくなかった」、戦争の長期的影響と日本が取るべき立場

2022年5月2日(月)16時45分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

河東氏×小泉氏の対談はYouTubeでフルバージョンを公開しています(こちらは全3回の中編) Newsweek Japan


■河東 極東でのロシア軍は基本的に弱い。海軍の艦艇は1000トン以上の駆逐艦クラスだと、7隻ほどしかない。日本の海自はその10倍は持っている。陸軍は少なく、揚陸能力がないことも今回証明された。原子力潜水艦はあるが、ロシアに対して心配することはあまりない。

日本としては、ロシアが日本にも侵攻してくる可能性があるかないかということよりも、戦争というものは本当に起こりうるものなのだということを認識することが重要。中国・北朝鮮への防衛力を増強する必要がある。過度な心配は不要だが、必要な防衛力、核抑止力は考えないといけない。

■小泉 極東のロシア軍が日本を攻めてくることはできない。今のロシア軍にその力はない。北方の防衛は、今の体制のアップデートを図れば対応できると思う。カムチャッカの原潜基地には新型の原潜が大量に入ってくるので、北方領土周辺での活動は増えると思うが、それ以上のものはない。

重要なのは、ロシアのような核大国が本気で戦争を始めると、周りの国は止められないと認識すること。核戦争になってしまうので、軍事援助ぐらいしかできない。

今後もし日本有事や台湾有事が起きたら、どうなるか分からない。日米安保や台湾関係法がどう機能するかは、条約の文言だけでは判断できない。

抑止が破れて本当に戦争が、例えば10年後に起きた時、その頃中国の核戦力は米露と同等になっている可能性がある。米中の相互脆弱性が成立したなか、日本は単独で人民解放軍と持ち堪えなくてはいけないということが起こりうる。

その場合にどうすべきか。それが10年後だとしたら、今がギリギリのタイミングだと思う。

――台湾との関係はどう見ている?

■河東 台湾は当面武力侵攻の可能性は薄まったと思う。この戦争が起きる前から、中国の論調が変わっていた。台湾への武力侵攻はあまり言及されなくなっていた。負ける可能性もあり、そうすれば秋の党大会で習近平を終身党主席に選ぶというシナリオが崩れる。

その代わり、台湾内部で政治工作を強めて次の選挙で国民党(の候補)を総統につけて、中国との併合を自主的に求めさせようとしている。

今回のロシアへの制裁のすごさを中国は見ている。もしやられた時に、ドルを使えないとか外貨準備を凍結されると、中国も体制を維持できなくなる。だから、中国の台湾武力侵攻の可能性は、当面遠のいている。

■小泉 海が持っている力は大きい。アメリカの政治学者のジョン・ミアシャイマー教授も『大国政治の悲劇』という著書の中で、水の制止力を強調している。重いものは船で運ぶので、大国は水にぶつかると進めなくなる。台湾は台湾海峡があるので、簡単ではない。

中国はアメリカ海軍並みの揚陸能力を持とうとしているので、注意はしている。ただ、中国は孫氏の国なので、戦わずして勝つことを考えているのではないか。押し切って戦うノルマンディー作戦みたいなことも考えてはいるが、世論を操って併合できればいいという賢いプランも考えていると思う。

ロシアは近いことをやろうとしたが、やり方が乱暴でうまくいかなかった。クリミアを併合した2014年には、ハリコフやオデッサでも住民蜂起を起こそうとしたが、失敗した。

中国には長期的に世論に浸透して経済的に深めていくというツールがあり、巧妙。今後、経済力や科学技術で存在感が増えれば、中国が邪悪なことを企まなくても、自然と同調する人や国が増えてくると思う。我が国の安全保障や国益について、自然と中国が支持されている状態は避けなくてはいけない。

経済安保がほぼカウンターインテリジェンスみたいに狭く解釈されている。危機において(ウクライナ大統領)ゼレンスキーのような対応を日本の首相や官房長官ができるだろうかという懸念もある。

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