最新記事

ウクライナ戦争

【河東哲夫×小泉悠】米欧の本音は「支援したくなかった」、戦争の長期的影響と日本が取るべき立場

2022年5月2日(月)16時45分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

河東氏×小泉氏の対談はYouTubeでフルバージョンを公開しています(こちらは全3回の後編) Newsweek Japan


――日本の政治をどう見ていくべき?

■河東 それは、『日本がウクライナになる日』でも力を入れて書いたつもりだが、どういう武器がいいなどの議論は専門家に任せておけばいい。一般の人としては、議論が極端な方向に走っていかないよう注意が必要。戦前の超国家主義が懐かしい人がたくさん残っている。極端な方向に世論が転がらないように見ていかないといかない。

自主防衛能力も必要だが、過度な防衛増強や、武器の良し悪しを素人議論で極端に高めることは気をつけないといけない。

■小泉 国防や外国への対策を突き詰めると、独裁国家が一番良いということになる。自由民主主義の日本を守るために安全保障をやっているというドクトリン(原則)が必要。

技術論に陥って、中国を上回るために経済を軍事に全振りしよう、では意味がない。私たちの政治的な価値論として捉えてみてはどうか。

■河東 日本で反ロシア主義が高まっている。駅のロシア語表記を消すなど、馬鹿げたことをしている。ロシア人が全員プーチンというわけではなく、そういうロシアが嫌だから日本に来た人もたくさんいる。

日本は自由だし、ビジネスもしやすい。そうしたロシア人をいじめるのは、まったく馬鹿げた話で、理性的に対応しないといけない。

これまでの日露関係で築いた経済関係も重要。サハリンでの石油・天然ガス利権は開発に1兆円を融資して獲得している。EUでも天然ガスと石油をすべて禁輸はしていないのだから、サハリン等、自分の利権をあっさり捨てる必要はない。

■小泉 ロシア人に罪はないわけです。プーチン政権が始めた戦争に過ぎない。ただ、プーチン政権はロシア人から出てきたものである。

なぜ気のいいロシア人からこういう政権が出てきたのか。ロシアのことを理解する姿勢は必要だと思う。中国とか、付き合いにくい隣人を知る努力がいま求められていると思う。

――この戦争はどのように終わる?

■河東 ロシアが東ウクライナへの支配を拡大して停戦したとしても、ウクライナは中立国の地位を周辺から保証してもらいながら、軍備を維持するだろう。そうすれば、10年後にまた同じようなことが起きるのかもしれない。

■小泉 この戦争はすぐには終わらないかもしれない。5月9日はロシアの第二次世界大戦戦勝記念日で、それまでに何らかの成果をあげないといけないとの考えはプーチンにあると思うが、戦争が終わるとは限らない。

戦果があればそれに乗じて続行するだろうし、負けていれば止めるわけにいかなくなる。この戦争は当分続いていくと思う。

ロシアが核の限定使用でもしない限り、続く。2014年からドンバスでは戦闘が続いており、ウクライナにとっては、ロシアとの戦争が長く続くことは驚くことではない。落としどころが定まらないまま、ずっと戦闘が続くイメージに傾いている。

ウクライナが劣勢であれば、分裂というシナリオもあったかもしれないが。

――ロシアはなぜ自己中心的な考えや行動を取ってしまうのか?

■河東 日本も戦前は同じだった。18世紀から19世紀にかけて西洋諸国で国民国家が形成された際、一般に流布していたのは「重商主義」、つまりやらずぶったくりの帝国主義思想だった。日本も西欧列強に伍して植民地をどんどん獲得していった。

だが日本は敗戦し、西洋諸国も戦争で疲弊したので、そうした考えはやめて経済でやっていくことになった。

一方、ロシアは実質的に産業革命を経験していない。中国も最近までそうだった。それで軍事力に頼って、重商主義・帝国主義のイデオロギーで生き残ろうとする。後進性の象徴なのだ。

そういう国には仲間と友人ができないので、自分一国で生きていくしかないと自覚している。嫌なイデオロギーです。

■小泉 ロシア皇帝のアレクサンドル3世は「ロシアの同盟者は2つしかない。それは我が陸軍と艦隊である」と語った。どこかの国に頼り切ることはよくないと思っていて、それを誇りとしているが、その時に軍事力に頼りがちになる。

かつての日本、そしてドイツもそうだった。戦前までは今のロシアのような振る舞いはそれほど珍しいことではなかった。

プーチンが18世紀のロシア皇帝だったら、名君になる。それを21世紀にしているから大問題。ロシアというのは非常に古い国であり、近代に出来上がった価値観や行動原理を、未だに受け入れていない国なのだと思う。

構成・西谷 格(ライター)

河東哲夫
外交評論家/作家
1947年、東京生まれ。1970年、外務省入省。ソ連・ロシアには4度駐在し、12 年間を過ごしてきた。東欧課長、ボストン総領事、在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン大使を歴任。退官後、東京大学客員教授、早稲田大学客員教授、東京財団上席研究員など歴任。著書に『ワルの外交』『米・中・ロシア虚像に怯えるな』(いずれも草思社)など。

小泉 悠
東京大学先端科学技術センター専任講師
専門はロシアの軍事・安全保障政策。民間企業、外務省専門分析員、未来工学研究所研究員、国立国会図書館非常勤調査員などを経て、現職。著書に『ロシア点描』(PHP研究所)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)、『「帝国」ロシアの地政学』『プーチンの国家戦略』(共に東京堂出版、前者で第41回サントリー学芸賞受賞)、『軍事大国ロシア』(作品社)他。

日本がウクライナになる日
 河東哲夫 著
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


【緊急出版】ロシアを見てきた外交官が、ウクライナ戦争と日本の今後を徹底解説。「ニューズウィーク日本版」編集長・長岡義博推薦

私たちの自由と民主主義を守るために、知るべきこと。そして、考えるべきこと。

地政学、歴史、経済といった多角的視点から「複雑なロシアの事情」を明快に伝える。そのうえで、国際社会との関係を再考し、今後、日本の私たちはどこに焦点を当てながら、ニュースを見、政治を考えていけばよいのかがわかる。

平和ボケか、大げさな超国家主義しかない、戦後の日本を脱却するには。

【目次】
第一章 戦争で見えたこと ――プーチン独裁が引き起こす誤算
第二章 どうしてこんな戦争に? ――ウクライナとは、何があったのか
第三章 プーチンの決断 ――なぜウクライナを襲ったのか
第四章 ロシアは頭じゃわからない ――改革不能の経済と社会
第五章 戦争で世界はどうなる? ――国際関係のバランスが変わる時
第六章 日本をウクライナにしないために ――これからの日本の安全保障体制
あとがき ――学び、考え、自分たちで世界をつくる

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米アトランタ連銀総裁、任期満了で来年2月退任 初の

ワールド

トランプ氏、12日夜につなぎ予算案署名の公算 政府

ワールド

イランの濃縮ウラン巡る査察、大幅遅れ IAEAが加

ワールド

世界原油需給、26年は小幅な供給過剰 OPECが見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 2
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 3
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働力を無駄遣いする不思議の国ニッポン
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中