最新記事

BOOKS

ロシア人YouTuberが「炎上」する理由を本質から考える

2022年4月18日(月)16時30分
印南敦史(作家、書評家)

新自由主義が振る舞い方を規定するものとなる

なお本書に関していえば、とても興味深い指摘がなされている。

ご存じのとおり、今日の社会では多くの対立が生じており、それはしばしば左右(リベラル派と保守派)対立という文脈で語られがちだ。しかし、多くの場合その背景には、左右対立の構図に還元されることのない「モヤモヤ」した何かがあって、それが熱源になっているのではないかと著者は推測している。


 そうした「モヤモヤ」にアプローチするための一つの見立てとして、本書では新自由主義(ネオリベラリズム)というもう一つの立場をそこに組み込み、やや異なる視角から問題を考えてみたい。ただしここで言う新自由主義とは、経済学的な意味でよりも、どちらかといえば社会学的な意味で用いている概念だ。
 つまり市場原理のもとでの自由競争を重視するという経済政策上の理念が、人々の意識の中に浸透し、内面化されていった結果、やがてその生き方を律し、振る舞い方を規定するものとなる。そうして作り出されていった社会生活上の規範を捉えるために、本書では新自由主義という概念を援用している。(「はじめに」より)

つまり極端な自由競争の重視が、社会規範としての振る舞い方になった。そして、そこでは絶えず競争が行われ、監視のもとでの制裁が繰り返されることになる。極端な言いかたをすれば「制裁できればなんでもいい」わけで、"ロシア人だから叩く"という単純すぎる発想も、まさにそれに当たるのかもしれない。


つまり炎上という現象は、単純な左右対立の構図からストレートに生じるものでは必ずしもなく、新自由主義というもう一つの立場がそこに組み込まれることで、加速されていくという一面を持つものなのではないだろうか。(「はじめに」より)

コロナ禍で「弱者」の定義が変わってきた

説得力を感じさせるのは、少なくとも日本の場合、その際のターゲットとなるのは"前近代的なムラ社会のあり方"だという指摘である。そのためそこでは、「事前規制から事後監視へ」という考え方のもと、人々の振る舞い方を根底から組み直していくことが求められたのだという。


二〇〇〇年代前半の日本では、規制改革、行政改革、経済制度改革、さらに司法制度改革など、新自由主義的な諸改革が急速に進められていった。一方でインターネットが普及し、情報化とグローバル化の大波が押し寄せてくるなか、それらの動きが相乗し、変革の波が社会の隅々にまで及んでいく。その過程でわれわれの日常は、それまであまり馴染みのなかった多くの語彙に取り巻かれることになった。リスク、セキュリティ、自己責任、ガバナンス、コンプライアンス、市民裁判、内部告発、厳罰化、などなどだ。(28~29ページより)

上記の語句はもともと、企業の活動、あるいはそれを律する立場にある法曹の活動に向けられたものだった。しかし、やがて一般市民の生活の範疇でも流通するようになり、ついに個々人の振る舞い方を規制するものになっていったわけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、米早期利下げの思惑が支援 ハイテク

ワールド

高市首相、放漫財政を否定 為替は「状況見て必要な手

ワールド

マクロスコープ:米中接近で揺れる高市外交、「こんな

ビジネス

英中銀のQT、国債利回りを想定以上に押し上げ=経済
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中