プーチンの目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない 「プラハの春」と同じ手法を試みている
ロシアの軍事侵攻前の段階では、親ロシア派武装勢力はルガンスク州とドネツク州の一部を実効支配しているだけで、全域を支配してはいませんでした。しかし、ドネツク人民共和国の領土はドネツク州全域、ルガンスク人民共和国の領域はルガンスク州全域だと、両"人民共和国"の憲法は定めています。すると、支配が及んでいない地域は、ウクライナによって不法占拠されていることになります。ロシアはその"解放"のため、「友好、協力、相互援助条約」に基づいて、集団的自衛権を行使できるという理屈になるのです。
もちろん国際的に是認されるわけがありませんが、合法だという理屈を周到に組み立て、計画的に実行したことがわかります。
1968年の「ブレジネフ・ドクトリン」がよみがえった
「プラハの春」でソ連がチェコスロバキアを弾圧する際、ソ連は「制限主権論」を唱えました。「社会主義共同体の利益が毀損きそんされる恐れのあるときは、個別国家の主権が制限されることがあり得る」という論理で、「ブレジネフ・ドクトリン」と呼ばれます。これによって、ワルシャワ条約に加盟していたソ連、東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの5カ国軍のチェコスロバキアへの侵攻を正当化したのです。
今回のロシアの行動は、「プーチン版ブレジネフ・ドクトリン」に基づいていると思います。すでに社会主義共同体ではありませんが、「ロシア連邦の死活的に重要な地理学的利益に反する場合、個別国家の主権が制限されることがある」という考え方です。
これはもはや、帝国主義的な弱肉強食の論理です。ロシアの利益のためウクライナの主権が制限されるという身勝手な論理は、断じて容認すべきではありません。しかし、プーチン大統領の頭の中は、このような論理になっているのです。
プーチンのウクライナ侵攻の手順は「教科書」通り
プーチン大統領の行動を読み解くのにもうひとつ役立つのが、イタリアのジャーナリストであるクルツィオ・マラパルテ(1898~1957年)です。『壊れたヨーロッパ』や『皮』の著者で、その思想はイタリアの独裁者・ムッソリーニに強い影響を与えました。特に、ロシア革命を分析した『クーデターの技術』は重要な本です。
マラパルテは、革命には大衆運動や政党など必要ない。1000人ぐらいの専門家が水道、鉄道、電気などの基礎インフラを押さえてしまえば、政権は転覆すると書いています。今回のロシアの軍事行動は、当初マラパルテの教科書通りに進んでいました。まず、ウクライナ各地の主要な軍事インフラや通信インフラを攻撃して麻痺させ、次にチェルノブイリなどの発電所を確保したのです。
点を押さえて政権を麻痺させてしまおうという戦術に、プーチン大統領のインテリジェンスオフィサーとしての本領が出ていました。