最新記事

ウクライナ情勢

プーチンの目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない 「プラハの春」と同じ手法を試みている

2022年3月12日(土)13時25分
佐藤 優(作家・元外務省主任分析官) *PRESIDENT Onlineからの転載

1956年の「ハンガリー動乱」(社会主義体制下のハンガリーで、民主化やソ連軍の撤退などを求めた民主化運動)にソ連が軍事介入した際、ワルシャワ条約機構(東ヨーロッパ諸国がNATOに対抗して作った軍事同盟)からの脱退などを表明したナジ首相の追放後に擁立されたのは、カーダール・ヤーノシュという人です。彼はナジ政府の国務大臣であり、ソ連軍の戦車に抵抗した人物でした。

1968年に社会主義体制下のチェコスロバキア(当時)で起こった民主化運動「プラハの春」でも同じです。「人間の顔をした社会主義」を掲げて民主改革を試みたドゥプチェク共産党第1書記でしたが、ソ連などの軍事介入によって失脚したあと、政権を任されたのはグスターフ・フサークです。彼にも、スロバキア民族主義者として逮捕され、終身刑を言い渡された前歴がありました。

カーダールやフサークは、自国を裏切ってソ連に寝返ったのではありません。大国にいつまでも向かっていても勝ち目はない。ならば自分たちの祖国や民族を守るために現実的な方法でソ連と調整していかなくてはいけない。そういった高いモラルをもっていたのです。ハンガリーもチェコスロバキアも、その後は安定的に国家を運営できました。現政権や抵抗勢力の中から次の誰かを探し出すのが、ソ連以来のやり方です。

ロシアは、「ウクライナの次の政権も、ロシアの軍事力を背景に数年維持できれば、国民は受け入れざるを得なくなる」と考えているはずです。したがって、ウクライナ国民をある程度まとめられる人が、国内の現実主義的政治家の中から自発的に出てくるだろう。プーチン大統領は、そう見越しています。

2月25日、プーチン大統領がウクライナ軍の兵士に対して「その手で権力を奪い取れ」とゼレンスキー政権へのクーデターを呼びかけたのは、その証しだと考えられます。ゼレンスキー政権が崩壊し、ロシアに対抗しない政権が生まれれば、ロシア軍は撤退するはずです。

軍事侵攻を合法だと言い張るための周到な準備

それから、ロシアは国際法を完全に無視したのではなく、乱用しているのだという点も、踏まえておくべきです。ロシアは今回の軍事行動を、日本でもさんざん議論された「集団的自衛権」を根拠に置いています。すなわち、同盟国が攻撃を受けた際の個別的・集団的自衛権を定めた、国連憲章51条です。

侵攻に先立つ2月21日、ロシアはドネツク州、ルガンスク州の親ロシア派武装勢力がそれぞれ自称している両"人民共和国"を、独立国家として承認しました。国家承認の要求は、国民がいて、実効支配できている政府があって、国際法を守る意思があることを条件になされます。この"両国"には、外形的にそれらが整っています。そのため要求に応じる形で国家承認を行い、次いで「友好、協力、相互援助条約」を締結しました。これは日米安保と一緒で、安全保障のための条約です。それをロシアの国会で批准しました。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中