最新記事

ウクライナ情勢

プーチンの目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない 「プラハの春」と同じ手法を試みている

2022年3月12日(土)13時25分
佐藤 優(作家・元外務省主任分析官) *PRESIDENT Onlineからの転載

NATOもアメリカも完全に足元を見られていた

では国際社会の反応を、プーチン大統領はどう読んでいたのか。アメリカやEUや日本が最大限の制裁に踏み切ることは、織り込み済みだったでしょう。しかし、ごく短期間で軍事的な目的を達成して、先述した3つの目的を達成する基盤を作ってしまえば、国際社会は現状を追認せざるを得なくなると見ていたはずです。

少なくともプーチン大統領は、ウクライナをNATOに加盟させないという目標を達成し、NATO軍が自国の国境まで迫る事態を回避しました。ウクライナは当面ロシアに敵対できないでしょうから、政治的影響力と緩衝地帯の維持に成功したのです。

NATOもアメリカ軍も直接は介入してこないと、完全に足元を見られていました。EU諸国は、天然ガスなどのエネルギーをロシアに大きく依存しています。ヨーロッパ全体で4割。ドイツに至っては5割超です。失う打撃の大きさを考えれば、時が経つほど弱腰になるとプーチンは見ています。

アメリカは、国内世論が厭戦ムードですし、バイデン大統領はあまりに早くから軍事的な手段をとらないと表明してしまいました。

ロシア国民はクリミア併合の時ほど歓迎していない

ロシア国内はどうかと言えば、2014年のクリミア併合の時ほど、国民は歓迎していません。あのときは、欧米にやられっぱなしだったロシアの逆転の象徴だと受け止められていました。

しかし、国際的な経済制裁を受けて、国民の生活は厳しくなりました。プーチン大統領の1期目と2期目である2000~2008年までは経済成長率は平均で年6.97%、リーマンショックにより2009年の経済成長は落ち込むも、2010~2013年までは3.84%ほどあった経済成長率は、クリミア制裁後の2014年から2021年では平均で0.92%まで落ちました。

今回も、国際的な銀行間の決済システム(SWIFT)からロシアの複数の銀行を排除するなどの制裁を受け、ロシアの通貨ルーブルが暴落しています。ロシア経済は再び、かなりの血を流すことになります。

しかしロシア人は、ソ連が崩壊した80年代終わりから90年代にかけて、非常に厳しい耐乏生活を経験しています。92年のインフレ率は、実に2500%です。石けんや砂糖や塩やマッチが手に入らない時代が、わずか三十数年前でした。あの頃に比べたらマシだと、多くのロシア人は感じているはずです。

経済制裁の影響はこれから出てきますが、ロシアという国が潰れるほどにはなりません。したがって、プーチン大統領の支持率が大きく下がることは考えにくいでしょう。他方、政治的エリートや体制派の知識人以外の民衆はこの戦争を積極的には支持していません。

佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

与党「地滑り的勝利」で高市トレード再開へ、日経6万

ワールド

高市首相、消費減税「やった方がいいと確信」 改憲は

ワールド

自民単独300議席超、「絶対安定多数」上回る 維新

ビジネス

自民大勝でも「放漫財政にならない」=片山財務相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 5
    背中を制する者が身体を制する...関節と腱を壊さない…
  • 6
    心停止の8割は自宅で起きている──ドラマが広める危険…
  • 7
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 8
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 9
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 10
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 10
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中