プーチンの目的は『ウクライナに傀儡政権を樹立すること』ではない 「プラハの春」と同じ手法を試みている
NATOもアメリカも完全に足元を見られていた
では国際社会の反応を、プーチン大統領はどう読んでいたのか。アメリカやEUや日本が最大限の制裁に踏み切ることは、織り込み済みだったでしょう。しかし、ごく短期間で軍事的な目的を達成して、先述した3つの目的を達成する基盤を作ってしまえば、国際社会は現状を追認せざるを得なくなると見ていたはずです。
少なくともプーチン大統領は、ウクライナをNATOに加盟させないという目標を達成し、NATO軍が自国の国境まで迫る事態を回避しました。ウクライナは当面ロシアに敵対できないでしょうから、政治的影響力と緩衝地帯の維持に成功したのです。
NATOもアメリカ軍も直接は介入してこないと、完全に足元を見られていました。EU諸国は、天然ガスなどのエネルギーをロシアに大きく依存しています。ヨーロッパ全体で4割。ドイツに至っては5割超です。失う打撃の大きさを考えれば、時が経つほど弱腰になるとプーチンは見ています。
アメリカは、国内世論が厭戦ムードですし、バイデン大統領はあまりに早くから軍事的な手段をとらないと表明してしまいました。
ロシア国民はクリミア併合の時ほど歓迎していない
ロシア国内はどうかと言えば、2014年のクリミア併合の時ほど、国民は歓迎していません。あのときは、欧米にやられっぱなしだったロシアの逆転の象徴だと受け止められていました。
しかし、国際的な経済制裁を受けて、国民の生活は厳しくなりました。プーチン大統領の1期目と2期目である2000~2008年までは経済成長率は平均で年6.97%、リーマンショックにより2009年の経済成長は落ち込むも、2010~2013年までは3.84%ほどあった経済成長率は、クリミア制裁後の2014年から2021年では平均で0.92%まで落ちました。
今回も、国際的な銀行間の決済システム(SWIFT)からロシアの複数の銀行を排除するなどの制裁を受け、ロシアの通貨ルーブルが暴落しています。ロシア経済は再び、かなりの血を流すことになります。
しかしロシア人は、ソ連が崩壊した80年代終わりから90年代にかけて、非常に厳しい耐乏生活を経験しています。92年のインフレ率は、実に2500%です。石けんや砂糖や塩やマッチが手に入らない時代が、わずか三十数年前でした。あの頃に比べたらマシだと、多くのロシア人は感じているはずです。
経済制裁の影響はこれから出てきますが、ロシアという国が潰れるほどにはなりません。したがって、プーチン大統領の支持率が大きく下がることは考えにくいでしょう。他方、政治的エリートや体制派の知識人以外の民衆はこの戦争を積極的には支持していません。
佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。