ウクライナ侵攻の展望 「米ロ衝突」の現実味と、「新・核戦争」計画の中身

CRISIS COULD TURN NUCLEAR

2022年2月26日(土)13時33分
ウィリアム・アーキン(元米陸軍情報分析官)、マーク・アンバインダー(ジャーナリスト)

この場合、爆撃機や潜水艦は分散して配置し、敵を欺いて第一撃を生き延びる必要がある。動きを察知されないよう、空でも地上でも、サイバー空間でも宇宙空間でも守りを固める。そして極めて柔軟性の高い意思決定構造を保ちつつ、ロシアからの攻撃を阻む。タイミングと柔軟性が決め手になる。

当時の米戦略軍司令官だったジョン・ハイテンは、この手法の斬新さを示唆して、こう述べていた。着任してすぐ、「全ての計画に柔軟な選択肢の数々がある」ことに最も驚いたと。「世界で何か悪いことが起きて、対応するために国防長官や大統領と電話で協議するとき、私には諸々の柔軟な選択肢がある。通常兵器から大型核兵器まで、何ができるかの選択肢を進言できる」

それらの選択肢は「指揮計画選択肢(DPO)」と呼ばれる。以前は「適応的」選択肢という呼称だった。具体的には核攻撃を含む対応能力の一覧だが、大量破壊兵器を用いたテロの脅威や、本土に対する大規模な宇宙・サイバー攻撃などを想定し、核以外の広範な種類の反撃オプションも例示してある。

ロシアに関して言えば、核兵器を使わず、動的でもない方法でクレムリン(大統領府)を攻撃し、早期警報システムや通信を遮断して国家の意思決定を妨げることが重視されている。

DPOには、兵器と呼べないような新しい能力も含まれる。中には極度に細分化され、最高機密以上の扱いとなっている選択肢もあり、全体として5次元(陸海空に加えて宇宙とサイバー)的な脅威をロシアに与えることが目的だ。

核攻撃で始まらない核戦争

しかし危機においては、通常兵器と核兵器の区別も、情報戦とリアルな戦闘の区別もつきにくい。だから危機対策や防衛を意図した行動が、核による第一撃の準備段階のように誤解される恐れもある。つまり、核戦争を回避するための柔軟な対応が、逆に核戦争に直結しかねない。

かつて戦略軍幹部だった人物が匿名を条件に語ったところでは、DPOは全て「実行可能」だ。理論的に可能なだけでなく、準備は万全で、いつでも実行に移せる。そもそも、危機に際して「ただちに実行」できないDPOなど無意味だ。

これからの核戦争は「青天の霹靂の核ミサイル攻撃」で始まるわけではないと、この人物は言う。むしろ早期警報や通信、意思決定といった指揮命令系統に対する組織的な攻撃のように見える可能性が高いという。核兵器のみの戦争計画から複数ドメインの戦争計画への移行は、より多くの「決断の余裕」を大統領に与え、核戦争の可能性を減らすのが目的とされる。だが実際には総合的な戦略的安定を脅かす懸念があると、この人物は考える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アルゼンチン予算案、財政均衡に重点 選挙控え社会保

ワールド

タイ新首相、通貨高問題で緊急対応必要と表明

ワールド

米政権、コロンビアやベネズエラを麻薬対策失敗国に指

ワールド

政治の不安定が成長下押し、仏中銀 来年以降の成長予
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中