ウクライナ侵攻の展望 「米ロ衝突」の現実味と、「新・核戦争」計画の中身

CRISIS COULD TURN NUCLEAR

2022年2月26日(土)13時33分
ウィリアム・アーキン(元米陸軍情報分析官)、マーク・アンバインダー(ジャーナリスト)

「新しい戦争計画に含まれるDPOの多くはゼロ段階をカバーするものだ」と、この人物は言う。「ゼロ段階」は、6段階に分かれた戦争計画のうち「環境整備」のフェーズを指す。「これらの能力はどれも実証済みだ。核兵器ではないにせよ、アメリカ側には先制攻撃をかける準備ができていると相手方に伝える意味もある」

この人物は、今年1月に行われた空軍の演習にも言及した。アーカンソー州の小さな飛行場にB 52 爆撃機2機が飛来しただけのことだが、それは「戦力の迅速な展開」というコンセプトの実証だったという。つまり、ロシアのミサイル攻撃が来たら米軍の全爆撃機をできるだけ多くの飛行場に分散させ、戦闘能力を温存するというコンセプトだ。空軍は19年からこうした演習を繰り返しているが、ここへきてそれが新たな核戦争計画に組み込まれた。

「単なるサバイバルの話ではない。戦闘継続の手段でもある」と、この人物は言う。つまり、ロシアの先制攻撃に耐えて、すぐに反撃できる能力をできるだけ多く保持することが目的だ。具体的に言えば、2機1組の爆撃機がどこかの飛行場に緊急避難し、燃料や爆弾の補給などを済ませ、再び飛び立つまでに要する時間は数時間以内。これなら敵に居場所を特定されずに済む。

昨年12月の別の演習では、B52爆撃機がカナダ西部の空軍基地に飛来し、遠隔地への迅速な散開を試している。この演習に参加した将校の1人は空軍機関誌に、要は敵に「予測させない」ことだと語っている。

小規模な核攻撃はやりやすく

だが、予測不可能性と柔軟性にこだわれば「アメリカの意図が伝わりにくくなる。それは私たちが過去50年間考えてきた抑止力の概念と全く相いれない」。そこに懸念があると、この人物は指摘する。

ロシアの爆撃機やミサイルに対するより確実な迎撃、ロシアの偵察衛星の破壊や妨害、ロシアのナビゲーションシステムに対する電子戦、ロシアの指揮系統や電力の妨害、さらには特殊部隊による隠密作戦まで、「核以外の戦闘能力を統合すれば新しい可能性が開ける」と、この人物は言う。「そうすると、核の全面戦争に発展しない程度の小規模な核攻撃は可能だと考えやすくなる」

現在のアメリカの核戦力(実戦配備の核弾頭数)は約1650発。原子力潜水艦に950発、地上の基地に400発、爆撃機に300発という構成だ。

地上配備のミサイルは西部の5つの州にある格納庫に、950発の核弾頭は12隻の潜水艦に搭載され、1隻を除く全ての潜水艦ではいつでもミサイルを発射できる状態が維持されている。B2およびB52爆撃機は国内3カ所の基地に配備され、さらに100発余りの核弾頭が欧州各地に前方展開されている。

この数は冷戦の最盛期から劇的に減少しているが、核戦争計画に直接組み込まれる通常兵器は急増した。通常兵器で信頼性の高い「戦略的攻撃手段」が加わったことは91年の湾岸戦争以降で「最も劇的な変化」だとクリステンセンは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-インタビュー:ラピダス半導体にIOWN活用も

ビジネス

中国、国有メーカー2車種を初の自動運転レベル3認定

ワールド

インド貿易赤字、11月は縮小 政府高官「米との枠組

ビジネス

日本生命、医療データ分析のMDVにTOB 完全子会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中