北極圏海底に、300年生きる生物たちの楽園があった
北極海の海底に300年生きる海綿動物の楽園が広がっていた ALFRED WEGENER INSTITUTE/PS101 AWI OFOS SYSTEM
<海氷が光を遮る1000メートルの水底に、海綿動物の広大な楽園が広がる。その栄養源は、数千年前の生物が残した遺物だ>
北極海中心部は海氷に覆われており、地球上でもっとも不毛の海といわれる。しかし、北極圏最大の海底死火山・カラシク山の近海には、スポンジ状の海綿動物の楽園が広がる。
カラシク山は裾野を深海5000メートルにまで広げ、山頂は海氷の下560メートルにまで迫るという巨大な海山だ。付近で大量の生物が初めて確認されたのは、今から6年ほど前のことだった。分布域はフットボール場3000個分ほどにも及んでおり、当時の生物学者たちを驚かせた。
その発見以来、海綿たちが何を食べて生きているのかという謎が未解決のまま残されてきた。通常、海綿は海水をろ過して植物プランクトンなどの栄養分を濾し取ることができるが、光の届かないこの付近の海水にはほぼ栄養素が含まれていない。
このたび学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に掲載された論文により、その謎に対する答えが示されたようだ。1000〜3000年前に海底で栄えた環形動物がおり、それらが育んだ残骸が数千年経った今になって、海綿の生命を支えているのだという。
地形調査中に出会った、予想を超える生物の群れ
カラシク山近海での生物の発見は、2016年に遡る。ドイツのアルフレート・ヴェーゲナー研究所に務めるアンティエ・ボエティウス博士(地質微生物学)率いる調査チームは、この海域に特殊な水中カメラを投下した。主な目的は、付近の海底山脈の地図を作成することだ。
生物の観察に関してはほぼ期待できず、100メートルごとにナマコ1体、1キロごとに海綿1つがみつかる程度だろうというのが事前の読みだった。しかしボエティウス博士らチームは、カメラからの映像に息を呑む。
博士は当時の様子を、米アトランティック誌に対しこう語っている。「映像はぼやけていてライトも10メートルほどしか届かないため、最初は何もみえませんでした。」「しかし、(海底から)5メートルほどまで近づくと、丸みを帯びた複数の塊にあたり一面覆われているのがみえたのです。さらに(カメラが)近寄ると、私たちはいっせいに叫びました。『海綿だ!』」
通常の海綿は直径数センチほどの球形のスポンジ状となっているが、カラシク山付近には直径1メートルにも達する巨大な個体も生息していた。数も非常に多く、場所によっては「海綿同士が折り重なり、海底が見えない」ほどだったという。ほとんどがはるか昔から存在しており、平均で300歳ほどと見積もられている。
深海に広がる15平方キロの楽園
ボエティウス博士は、カメラなど機材一式をソリに乗せて海底を走らせた。すると、分厚い氷に覆われた水深1000メートル付近という光すら届かない領域に、広さ15平方キロにもおよぶ海綿の生物群が広がっていることがわかった。フットボール場3000個分、あるいは渋谷区全域ほどの広さだ。死の場所と思われていた海底死火山・カラシク山周辺において、このような発見はまったく予想外のものだ。