最新記事

BOOKS

忘れられた事件 渋谷区の児童養護施設施設長はなぜ殺されたのか

2022年1月5日(水)15時50分
印南敦史(作家、書評家)

事実、本書の中でも、支えを失った子供たちのさまざまなケースが紹介されている。ホームレスになる子、風俗で働き始める子、望まない出産をする子、刑務所での服役、あるいは自ら命を絶つ子など――。

ある21歳の青年は、シングルマザーだった母親が違法薬物の売買で逮捕されたため施設に入ったものの、紆余曲折を経て路頭に迷い、振り込め詐欺グループで"仕事"をすることになった。


「親がいなくなった子、そもそも家がない子、あとは、もめ事を起こしたら不良が出てきてお金を請求された子とかいろんなパターンがいましたね。普通に暮らしてる人からしたらわからないかもしれないけど、それができない子からしたら、ただ普通の生活を手に入れたいだけなんですよ。結局若いと雇ってくれるところがない。アルバイトだけでは食べていけない。生きるため、生活するために始めるんです」(148〜149ページより)

だから犯罪に手を染めてもいいという理屈は、当然ながら成り立たない。が、そもそも生活能力のない子供に選択肢がなさすぎることも事実なのだ。

「一般の家庭で育った子どもでも、18歳で自立を求められたら難しい」

1980年代から児童養護施設を退所した子供たちの「その後」を追跡調査し、彼らを取り巻く諸課題についての研究・分析を続けてきたという北海道大学大学院教育学研究員の松本伊智朗教授も、施設を出た後の子供たちが苦労する現実を指摘している。


「しんどい思いをしてきてさまざまな事情があるからこそ制度の中で守られてきたはずの子どもたちなのに、18歳になったから、20歳になったから、22歳になったからと、年齢で区切ってその子への支援をブツッとやめてしまうという制度には問題があると思うんです。『退所後、何か困ったことがあったらアフターケアをしますよ』ではなくて、社会的養護の枠組みの中にいたすべての子どもたちには、ケアを離れたあとであっても適時適切な支援を受ける権利があると考えるべきです。そうした視点に立って若者たちの自立を支えるための仕組みをきちんと整える必要があります」(161~162ページより)

当の子供たちにとっては、「助け」を求める声を発すること自体ハードルが高いはずだ。また、他者との関わりが希薄であったり、信頼関係を構築する経験が不足しているケースも少なくない。だからこそ、子供たちが声を上げやすい意思伝達の回路を設けること、彼らの声をすくい上げられるアドボケイト(権利用語の代弁者)の存在が大きいのだと松本氏は言う。

東京都内の児童養護施設「子供の家」の施設長である早川悟司氏も、18歳で施設を出た後、すぐに仕事や学校を辞めてしまうなどして、つまずいてしまうケースをたくさん見てきたようだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英中銀、銀行の自己資本比率要件を1%引き下げ

ビジネス

アングル:日銀利上げと米利下げ、織り込みで株価一服

ワールド

ロ軍、ドネツク州要衝制圧か プーチン氏「任務遂行に

ビジネス

日経平均は横ばい、前日安から反発後に失速 月初の需
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 3
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 4
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 10
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中