忘れられた事件 渋谷区の児童養護施設施設長はなぜ殺されたのか
事実、本書の中でも、支えを失った子供たちのさまざまなケースが紹介されている。ホームレスになる子、風俗で働き始める子、望まない出産をする子、刑務所での服役、あるいは自ら命を絶つ子など――。
ある21歳の青年は、シングルマザーだった母親が違法薬物の売買で逮捕されたため施設に入ったものの、紆余曲折を経て路頭に迷い、振り込め詐欺グループで"仕事"をすることになった。
「親がいなくなった子、そもそも家がない子、あとは、もめ事を起こしたら不良が出てきてお金を請求された子とかいろんなパターンがいましたね。普通に暮らしてる人からしたらわからないかもしれないけど、それができない子からしたら、ただ普通の生活を手に入れたいだけなんですよ。結局若いと雇ってくれるところがない。アルバイトだけでは食べていけない。生きるため、生活するために始めるんです」(148〜149ページより)
だから犯罪に手を染めてもいいという理屈は、当然ながら成り立たない。が、そもそも生活能力のない子供に選択肢がなさすぎることも事実なのだ。
「一般の家庭で育った子どもでも、18歳で自立を求められたら難しい」
1980年代から児童養護施設を退所した子供たちの「その後」を追跡調査し、彼らを取り巻く諸課題についての研究・分析を続けてきたという北海道大学大学院教育学研究員の松本伊智朗教授も、施設を出た後の子供たちが苦労する現実を指摘している。
「しんどい思いをしてきてさまざまな事情があるからこそ制度の中で守られてきたはずの子どもたちなのに、18歳になったから、20歳になったから、22歳になったからと、年齢で区切ってその子への支援をブツッとやめてしまうという制度には問題があると思うんです。『退所後、何か困ったことがあったらアフターケアをしますよ』ではなくて、社会的養護の枠組みの中にいたすべての子どもたちには、ケアを離れたあとであっても適時適切な支援を受ける権利があると考えるべきです。そうした視点に立って若者たちの自立を支えるための仕組みをきちんと整える必要があります」(161~162ページより)
当の子供たちにとっては、「助け」を求める声を発すること自体ハードルが高いはずだ。また、他者との関わりが希薄であったり、信頼関係を構築する経験が不足しているケースも少なくない。だからこそ、子供たちが声を上げやすい意思伝達の回路を設けること、彼らの声をすくい上げられるアドボケイト(権利用語の代弁者)の存在が大きいのだと松本氏は言う。
東京都内の児童養護施設「子供の家」の施設長である早川悟司氏も、18歳で施設を出た後、すぐに仕事や学校を辞めてしまうなどして、つまずいてしまうケースをたくさん見てきたようだ。